昨年11月、米国音楽界最大級のイベント、アメリカン・ミュージック・アワードで3冠を獲得。コールドプレイとコラボパフォーマンスを披露した(写真:Getty Images)
昨年11月、米国音楽界最大級のイベント、アメリカン・ミュージック・アワードで3冠を獲得。コールドプレイとコラボパフォーマンスを披露した(写真:Getty Images)
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 圧倒的なダンスパフォーマンスで魅せ、独自の世界観で聴く者の心を癒やし、鼓舞してきたBTS。数々の偉業を重ね、名実ともに世界の頂点に立った。彼らの軌跡をたどると、世界を魅了する理由が見えてきた。AERA2022年6月6日号の記事を紹介する。

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 4月3日、BTSは米国音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞の授賞式の会場にいた。残念ながら主要な賞の受賞は逃したものの、アジアのボーイズグループが4年連続でグラミー賞の授賞式に参加したということだけでも、大衆音楽の歴史の中にあって前代未聞の出来事だ。

 私がBTSに初めて会ったのは、2013年の10月、ソウル。彼らが“防弾少年団”として韓国でデビューして間もない頃だった。取材中、JUNG KOOK(ジョン グク)は「なまり、出ていませんか?」と、釜山なまりが残る口調で尋ね、J-HOPE(ジェイ ホープ)は「今まで飛行機にも乗ったことがないんです。早く飛行機に乗りたい」と目を輝かせた。その4年後、彼らが米国で単独ライブを開き、5年後にはプライベートジェットで世界を飛び回るようになるとは、誰が想像しただろうか。

 初対面から2カ月後の13年12月。彼らはショーケース(新曲発表会)を行うため、日本にいた。会場は東京・渋谷にある収容人数1千人あまりの小さなライブハウス。実は、もっと大きなハコでも行えたそうだ。実際、09年頃から始まったK-POPガールズグループブームから続く韓国文化ブームに乗る情報感度の高いファンたちを中心に、4万6千人がチケット争奪戦を繰り広げたという。にもかかわらず、当時の日本のマネージメント会社があえて小さなハコを用意したのは、「どんどんファンの数が増えて、目に見えてハコが大きくなっていくところを彼らに実感させてあげたい」との思いがあったからだそうだ。

■ひたむきさは変わらず

 彼らのライブは衝撃的だった。リハーサルも、オープニングからアンコールまでも、彼らは歌にもダンスにも一秒たりとも手を抜かなかった。全ての曲に全身全霊をかけて歌って、踊る。彼らの汗がステージに飛び散るのが2階席からでも見えたほどだ。パフォーマンスの完成度にも驚いたが、何より彼らのひたむきさに心を打たれた。あれから何年もの月日がたち、防弾少年団は「BTS」と呼ばれるようになった。年齢を重ね、ディスコグラフィーも経験も増え、ライブ会場の規模も見違えるほど大きくなった。だが、東京ドームで見たときも、英国のウェンブリースタジアムの公演でも「ひたむきさ」は全く変わっていなかった。もしかしたら観客には見えていないような細かいところにまで、魂を込めて踊る。その姿は青春そのものだった。

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