■身の回りすべての音の周波数が明確にわかるようになってきた
――セリフ、音楽、効果音、生活音など、映画には多くの音が存在するので、調整も手間がかかりますよね。
僕が目指す映画館というのは、どんな映画でも気持ちよく“聞ける/観られる”状態である場所。音楽の場合、ベースやバスドラムあたりの音域がとても大事で、そこを強調することが多いんです。でも映画で同じ手法でそれをやると、低い声のセリフが聞き取りづらくなることもあるのでレコーディングと全く同じというわけにはいきません。男性と女性でも声の音域は違うし、ゴジラの足音や爆破音まで、ありとあらゆる音をストレスなく再現しなくちゃいけないのが映画館です。だから感覚的なものも大切な現場です。実際の作業では、僕はコンピュータの画面などは一切見ず、同じシーンを何度も見て、耳で判断して指示するだけなんです。「この女性の声をもっとふくよかに聞かせたいから、〇〇ヘルツを上げて」「劇伴のストリングスが引っ込んでるから、〇〇ヘルツを〇デシベル上げて」と口頭で伝えて、チームのみなさんに調整してもらっています。大体そんな流れの作業で、2日くらいかけて1つのスクリーンが仕上がるんですが、映画の音響に関わるようになってから、おかげさまで身の回りすべての音の周波数が明確にわかるようになりました(笑)。「このインタビュアーさんの声、〇〇ヘルツより下がないな」とか。
――すごい能力ですね……。
作業は細かいですけど、別に個性的な映画館が作りたいわけではなくて、すべての音がより自然に聞こえるようにしたいわけで、特別なことは何もやってないんです。強いて言えば、一般的には聞こえないとされてきた12kHzより上の音域……、たとえば森林浴などで感じる、木々が呼吸するような成分なども含まれている高い周波数の帯域。僕の調整したスクリーンでは、そうした“無音”と扱われてきた帯域を非常に大切にしています。だから自然界の音は通常の映画館よりもリアルかもしれない。僕らが感じる静寂は無音ではなくて、“音”なんですよね。
――なるほど。NAOKIさんはデビュー直後から一貫して音の良さにこだわってきました。映画の音響でも、その経験が活かされているんですね。
僕の場合はぜんぶ自己流というか、実際にやりながらわかってきたことが多いんです。LOVE PSYCHEDELICOのレコーディング現場には、エンジニアもディレクターもいなくて、ミュージシャンしかいないんです。録音していてわからないことがあれば、英語の文献を検索したりして、海外のエンジニアがどうやってるのか調べるとか。そんな独学を15年くらい続けてなんとか乗り越えてきましたが (笑)、今も僕達は録音の専門家ではないと思っていますよ。ただ、感覚的、経験的にわかることはたくさんあるから、それを映画の音響に応用しているということですね。
――LOVE PSYCHEDELICOはデビュー5年後の2005年にプライベートスタジオを設立。以来、レコーディングも自分たちで行っていますが、それはどうしてだったんですか?
デビューした直後から、「レコーディングさせてやってる」という態度の人間がいるのがイヤだったし(笑)、スタジオを使うとお金がかかるから、急かされるのもイヤで。芸術なんだから、途中で「最初からやり直す」と、ちゃぶ台ひっくり返っちゃうこともあるじゃないですか。それが出来ない状況でいいものは作れないし、だったら自分たちのスタジオを持ったほうがいいなと。KUMIと「割り勘でスタジオ作ろうぜ」って (笑)。