日本社会はリスクを恐れ、一度失敗した人をなかなか受け入れない。阪本も伊藤の起用で非難されるリスクはある。

「伊藤君からも『今の僕と一緒に仕事をすることはリスクを伴うことですけれども、どうして話を聞いてくれたんですか』と聞かれました。僕は火中の栗は拾う主義。金大中の拉致事件をテーマにした『KT』では公安に尾行もされたし、知り合いには『東京湾に沈められるぞ』とも言われた。『闇の子供たち』の時も2ちゃんねるで、反日とか売国奴とか書かれましたし」
■まず心も体も健全に
そもそも阪本は「人に迷惑をかけたり人を傷つけないで生きている人間なんていない」と言う。問われるのはそのときに私たち自身が何を考えるかだ。
「伊藤君は、復帰するうれしさもあるだろうけれど、罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびるつらさもあるに違いない。そんな彼を僕たちはスタッフも共演者も、きちんと仲間として受け入れて進める必要があった」
すねに傷のない俳優を起用したほうがずっと楽ではある。だが、伊藤を撮ることを選んだ。
「生活するにしても、けがをされた方との関係性を続け、きちんと対応していくためにも、彼はまず心も体も健全にならないといけない。俳優という生業を選んだ以上、カメラの前に立ち、求められるものを見せ、自分に問い返しながら演技をする。そういう経験を越えて、できあがった映画が何かしら彼の精神的安定に役に立つのであれば、それがすべてであり、一番大事。すごく偉そうな物言いですけど、僕が彼より40歳年上で大人という立場であれば、彼を理解して心身の健康を保てるよう導かないといけないと思うんです」
(文中敬称略)
(フリーランス記者・坂口さゆり)
※AERA 2022年6月6日号