阪本順治(さかもと・じゅんじ)/1958年生まれ。89年「どついたるねん」で監督デビュー。手掛けるジャンルは幅広く、近年の作品に「一度も撃ってません」(2020年)、「弟とアンドロイドと僕」(22年)など(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
この記事の写真をすべて見る

 一時、活動を自粛していた俳優の伊藤健太郎が2年ぶりに映画に出演する。6月3日に公開となる映画「冬薔薇(ふゆそうび)」について、阪本順治監督にオリジナル脚本に込めた思いを聞いた。AERA 2022年6月6日号の記事を紹介する。

【映画「冬薔薇」の場面写真はこちら】

*  *  *

 一度過ちを犯した人間は、どうすれば社会に再び受け入れられるのか──。映画「冬薔薇(ふゆそうび)」は、見る前からそう考えずにはいられなかった。主演が2020年10月にひき逃げなどの疑いで逮捕された伊藤健太郎(24)だからだ(のちに不起訴)。彼にとって本作は、事件後初の主演映画で復帰作。見る者が主人公におのずと伊藤を重ねてしまうような物語だ。

■伊藤の顔を思い浮かべ

 脚本・監督は阪本順治(63)。きっかけは映画会社からのオファーだった。阪本はそれまで伊藤の出演作を1本しか見たことがなく、事件も週刊誌レベルの知識しかなかった。そのため、一緒に撮るなら伊藤が信頼できるかを見極める必要があった。

「刑事裁判は不起訴で民事裁判もクリアし、相手の方との和解も確認できた上で、二人で話す機会をつくってもらいました」(阪本)

 家族のこと、SNS上で書かれていること。伊藤が答えたくないような質問もどんどん浴びせた。映画が動き始めてから万が一、何か問題が起きたら誰も幸せになれない。

「伊藤君が少しでも言葉を濁したり、うそを言ったり、ごまかしたりしようとしても、33年映画監督として人を見続けてきた僕はだませない。2時間面談し、その気配はまったくなく、実直な彼となら一緒に組めると思いました。ただ、復帰するためには、彼にとって初めての役柄で、良い意味で追い込んだ方がいい。それが彼の試練になり、リスタートのきっかけになれば、と思ったんです」

 阪本は会ったその日に、伊藤の顔を思い浮かべながら脚本のプロットを書いた。主人公の淳(じゅん)は25歳の現在までまともな仕事に就いたことがない。専門学校にも行かず、地元の不良グループとつるみ、自分とも両親とも向き合えず、流されるままに生きている……。伊藤はそんな淳を「他人とは思えなかった」ほど感情移入したらしい。

次のページ