だが、岡田球審は「岡村はブロックしていたと言うが、両足の間にわずかな空間があり、そこに土井の足が入ったのを見届けた。だから、自信を持ってセーフと判定した」ときっぱり断言した。
にもかかわらず、世論のほとんどはアウトの見解だった。スタンドの巨人ファンも「アウトにされても仕方がないね」と阪急に同情するありさま。テレビ中継のスロービデオの映像も、岡村がブロックしながら土井をタッチアウトにしたように見えたことから、全国のファンも「あれはアウト!」と“世紀の大誤審”を確信した。
取材中の新聞記者たちも同様だった。試合後、コミッショナー会議の会場に押しかけ、「審判問題で(今後)ビデオを採用することはないか?」「多くの人がこのスロービデオで(判定に)不満を抱いているとすれば、何らかの形ですっきりさせるということを講じてもいいのではないか?」などと異例の申し入れを行った。
この日の岡田球審は、まさに四面楚歌のような状況だった。ひとつの判定をめぐり、マスコミも含めて、これほどまでに世論を敵に回した事件は、おそらく他にほとんど類を見ないだろう。
ところが、その後、各新聞社で問題のシーンのフィルムを現像してみると、関係者は皆、あっと驚いた。
岡田球審が説明したとおり、土井の左足が、ブロックする岡村の両足の間のわずかな隙間をかいくぐるようにして、本塁ベースを踏んでいる瞬間が、はっきり写し出されていたのだ。「よくぞ見ていた!」と言いたくなるような“神判定”だった。
当時報知新聞記者だった近藤唯之氏は、岡田球審の自宅に電話を入れ、写真によって判定の正しさが証明されたことを伝えた。
筆者は以前、近藤氏から当時の話を取材する機会があったが、電話口の向こうの岡田球審は、ベロベロに酔っている様子だったという。
帰宅後、岡田球審は「ミスジャッジをしてしまったかもしれない」と思い悩み、辞表を提出することも考えていたといわれる。判定には自信があったのに、心ならずも世論の集中砲火を浴びたことで、やりきれない気持ちになり、酒を飲まずにいられなかった一人の男の悲しい心情が、如実に伝わってくるような話である。