■屋久島に通って、ちょっと不幸だったこと
モノクロの真四角な画面に収められた曲がりくねった太い幹や枝、長年の風雨に削られた倒木や岩を見ていると、自然の造形美に魅せられたアメリカの写真家、エドワード・ウエストンの作品を思い浮かんだ。
モノクロのネガフィルムをデジタルカメラで複写してつくり上げたというプリントは被写体のエッジが立ち、力強さを感じる。
この島には樹齢1000年を超える屋久杉が数千本も自生しているといわれる。秦さんの話を聞いて、おかしかったのは、「屋久島をずっと撮っていて、ちょっと不幸だと思った」エピソード。
「日本の多種多様な森が好きで、屋久島以外にもあちこちの森を撮り歩いているんですけれど、ほかの場所で『太い』といわれる木を見ても、『細い木だなあ』って、思ってしまうんです。『マザーツリー』と呼ばれている太い木を前にすると、確かに大きいんですけれど、『うーん、このお母さん一本だけか』、みたいな。もちろん、美しいと思うし、何百年の時間を背負っていることにすごく敬意を持ちますけれど、そういう見方をしてしまうところはあります」
■島を巡り、たどり着いた屋久島
秦さんは1970年、長野県飯田市で生まれた。
「ぼくは『海なし県』の山の谷間で生まれ育ったので、見たことのない島への憧れが漠然とあった。屋久島を初めて訪れたのは2005年で、最初はちょっと違う島を撮ろうと考えていた。でも、いろいろな島を訪れていくうちに屋久島にたどり着いた」
いつも秦さんの頭の中には生まれ育った身近な森の風景があった。
北海道の利尻島、礼文島を訪れると、そこには深い森がなかった。樹木が大きく育つにはあまりにも厳しい自然環境だった。「美しい森だとは思いましたけれど、ちょっと違うな、という感覚を抱きました」。
沖縄県の西表島の森はジャングルだった。「ぜんぜん経験したことのないすごい森。でも、自分の感情とはリンクしなかった」。
それに対して、屋久島の森は「本州の森をスケールアップしたような感じだった。苔もすごく美しくて、ここを撮ってみたいな、という気持ちほんとうに素直になれたんです」。