長距離バスがポルバンダルに到着すると、すでに日は落ちていた。
翌早朝、宿から徒歩で海岸を目指した。朝日に輝くアラビア海を見たかった。航空写真で目星をつけていた海岸沿いの道を進むと「目に飛び込んできたのがまさにこの光景です」。
そう言って見せてくれた写真にはダウがびっしりと写り、水面がまったく見えないほどだ。
かつて、ポルバンダルは海上交易都市として栄えたが、停泊していたダウはすべて漁船だった。
「7、8人乗りのダウで、アフリカのほうまで3週間から1カ月ほどかけて航海するそうです。途中、カラチの港に寄ったりして捕った魚を降ろして、水や燃料を補給しながら航海を続ける」
船底には倉庫が設けられ、出港時に氷を満載して、捕った魚は氷漬けにして持ち帰る。
前田さんは船倉から魚をスコップですくい上げ、港に下ろし、仕分けする作業を追った。毎日、取材から帰ると体を隅々まで洗うのが日課になった。
「頭から足の先まで魚の汁がこびりついて、全身から異様なにおいが発散して、すごいことになっていた」
■「いっしょに航海に行くか?」
船に薪を積み込む写真もある。舳先に近い甲板にはかまどが設けられ、そこで料理番が薪を燃やして食事をつくるという。
「航海から戻ると、家に帰る船員もいましたけれど、船に住んでいるような人もいた。船の中で捕った魚をさばいて、油で揚げた料理をいっしょに食べました。あと、インドですから、どこに行ってもチャイをごちそうになった。それでもう、お昼はいらないくらい」
毎朝、港に通っていると、顔見知りが増えていく。「手を振りながら、『おはよう』『おはよう』って」。港に外国人が来ることは珍しく、みな親切だった。
「船長に1回、誘われたんです。『いっしょに航海に行くか?』って。でも途中、寄港したパキスタンで、もし見つかったらどうなるか。それに帰国便に間に合わないと思って」、断った。
帰国の途に就いたのは昨年2月。経由地の上海で空港に降り立つと、白い防護服を身に着けた人々の姿が目についた。世界が変わり始めていた。
実は当初、この作品をまだ発表するつもりはなかったという。
「もう一回くらい取材に行こう、と思っていたんです。でも、新型コロナで今後の状況がまったく読めない。それで、悩んだ末に発表することに決めました」
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】前田宏人写真展「海の駱駝の住処」
アイデムフォトギャラリーシリウス 8月26日~9月1日