イラスト:オカヤイヅミ
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コロナ騒ぎで、うちの近所では、まだトイレットペーパーと箱入りティッシュペーパーの姿はない。私は東日本大震災のとき、家に使いかけのロールしかなく本当に困ったので、それ以来、一パック十二ロール分は余分にストックしておくようにしたため、今のところは安心している。商品は不足していないようだが、店頭にないのは開店と同時に買い占める輩がいるからだろう。

 買い占めはよくないと怒っていたのだが、ふと私が小学生のときの出来事を思い出した。近所の店で大安売りがあり、白砂糖が一袋百円、一人一個限りで販売と知った母親が、

「子供だって一人分にはかわりはない」

 と小学生の私と弟を連れ、買い物客の行列に並ぶときに私たちにそれぞれ百円玉を持たせた。そして何か店の人に聞かれたら、「私はお母さんにいわれて、おつかいに来ました」といえといったのである。私はもしも店の人に咎められたらどうしようかと、内心、どきどきしていたのだが、問題なく砂糖が買えた。帰り道に母親から、くっついて歩くと怪しまれるから、ちょっと離れて歩けといわれ、彼女と距離を取りながら、砂糖の袋を抱えて帰った。

 家に帰った母親は、目的を達成した喜びからか、ものすごくうれしそうな顔で、「えらい、えらい」と私たちを褒めちぎり、おやつにホットケーキを焼いてくれた。ちゃっかりした母親のおかげで、格安の白砂糖を三袋も買えたのである。あのときの母親もいわゆる買い占め派で、そして私と弟も、その一味だったなあと苦笑した。

 それ以降、私は買い占めなどはせず、ふだんと同じように生活をしている。外出自粛といわれても、私は家で仕事をするのが普通だし、趣味も読書とか編み物とか三味線を弾くとか、インドアのものばかりなので、外に出られなくてもストレスは溜まらない。生きるのに最低限必要なものは買えているわけだし、通勤される方々は大変だが、私は特に不自由さは感じていない。外出するのは週に一度の漢方薬局での体調チェックのときだけで、その際に各所への支払いをしたり、食材などをまとめて買ったりしている。運動も必要なので、そのときにはひと駅手前で降りて、歩いて帰っている。

 私の知り合いには出歩くのが好きな人がいて、ほぼ毎日、用事がなくても都心に出かけ、ウィンドーショッピングをし、自分一人だけでも一日に一度は、必ず外食をしていた。そういった習慣がある人は、ストレスが溜まって辛いのかもしれない。それは個人の生活スタイルの違いなので、いいとか悪いとかではない。

 時間が経っているのに、まだスーパーマーケットにトイレットペーパーがないね、と友だちに話したら、「トイレットペーパーもそうだけど、昨日、デパ地下に寄ったら、野菜がほとんどなかったわよ」
 という。たしかに都内での感染者が増えはじめてからスーパーマーケットに行くと、いつもより人が多く、たくさん買い物をしていたのは事実である。

「残っていた野菜がね、独活と蕗っていう、ひと手間かかるものばかりなのよ。肉も全然なかった」

 友だちは苦笑していた。

「デパートより、近所のスーパーのほうが、物があるんじゃないの」

 私は散歩ついでに買い物に行く、隣町のスーパーマーケットでも、商品が減ってはいたが、欲しい食材はみな入手できたよと話した。彼女の住んでいる場所は中途半端に都心に近いため、商店街やスーパーマーケットもなく、食材を買いに行くのはデパートしかないのである。

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