645のポジに、楽天的な都市と人の風景が非常に鮮烈に見えた
カメラを持って歩いていると、「なにかしらの唐突な出来事が向こうから押し寄せきた」。
「その勢いみたいなものがいわゆる世紀末であり、ミレニアムだった。乱痴気騒ぎではないけれど、ある面で、ノー天気な光景だな、と思ったんです。今回、改めて645のポジを見ていったら、そんな楽天的な都市と人の風景が充満していた。それが非常に鮮烈に見えた」
上野公園の一角、木が生い茂る湿った空気の漂う階段に寝転ぶ二人。千住の路上では何やら袋の中身の黄色いものが散乱し、そのそばに警察の白い自転車が写っている。根津神社の猿回しと見物客。柳橋の奥に見える隅田川の流れ。「花札みたいな、出来すぎの構図」で写された亀戸天神。浅草、吾妻橋のたもとで弛緩したような物憂げなポーズをとる男女。
「645のノリで街を歩いたというか、説明がつかないような風景に対して、素直にカメラが向いた」
撮影は2000年を過ぎてからも「だらだらと続いた」。それが「結果的に」ミレニアムの前後を写しとることにつながった。
「もう少し撮ってみよう、撮ってみようと。要するに、このカメラで撮るのが面白かったんです(笑)」
下町の平らなところを撮ってきたな、という思いがあった
もう一つの写真展「地形録東京・崖」は、これまでとは違うイメージで、地形を基に東京を写した作品。
そこには「もうちょっと広く東京を、写真を撮りながら見てみようという思いがあった。その気持ちがだんだん高まっていったのは、2010年以降ですね」。
「ぼくは、それこそ体を使って人を、風景を撮ってきたつもりなんだけれど、地形的に言えば、下町の平らなところを撮ってきたな、とずっと思ってきたんです」
地形を思い描きながら街歩きをする――といえば、NHKの人気番組「ブラタモリ」である。
「タモリが地形に興味を持って、面白そうに坂道を歩いているのを見たりして、(ああ、なんかまねっこでも、カメラを持ってやってみようかな)と、思ったんです。それで、下町からちょっと背伸びをするように、西側の街を散策し始めた」
最初に訪れる場所は「下町と山の手の境目で、土地感のある上野あたりがいいだろう」と、なった。
「そんな視線で上野を見ると、いろいろなものが凝縮されたような土地で、その先のイメージみたいなものが非常に期待できたんですよ」
上野は武蔵野台地の端っこにあたり、「上野台」と呼ばれる。その西にはかつて石神井川が流れ、その名残りの不忍池がある。
昔から物見遊山の名所として栄えてきた歴史もある。江戸時代、「上野のお山」には京都・清水寺を模して建てられた清水観音堂があり、そこから不忍池を見下ろした風景は歌川広重によって「名所江戸百景」に描かれている。