クマの皮を剥いだら、美しい女性みたいなのが出てきた
会場には樹齢800年以上といわれるヒバの巨木がひときわ大きく展示される。「一本の木なんですけれど、その上にさらに木が12本生えている感じ。13本目が生えると一本が枯れて、ずっと12本のまま、といわれています。で、12というのは、山の神を崇める人にとっては大切な数字なんです。山の神を崇める人って、誰かなというと、マタギですね。それで山形のマタギを紹介してもらって、写したのがこれです」
真っ黒い毛におおわれたツキノワグマが体をだらりと弛緩させ、春の残雪の上に仰向けに横たわっている。マタギが鉄砲で仕留めたのだ。首筋の下には「月の輪」がくっきりと見える(出だしの日食はこの月の輪にかけている)。手を合わせ、クマに感謝した後、解体作業を始める。山刀の刃先を引くと月の輪が真っ二つに割れた。鮮血が滴る鋭い脚の爪。食欲をそそるピンク色の肉の塊。
「クマの皮を剥いだとき、中から人が出てきた、と思ったんです。美しい女性みたいなのが出てきたな、と。ものすごく美しいものを見ている感覚だった。解体とか、ふつう気味悪がったりしますけど、ぼく、昔から血を見ても大丈夫なんです。モンゴルでもふつうに面白いなと思って撮っていた。あと、毛皮、剥製とか、すごくほしくなる。そういうのって、なんだろうな、とは思っていたんです」
作品はマタギ文化が分布する東北地方をめぐった後、生きものと関わる伝統に向かい、その雰囲気をさり気なく伝える。
「マタギもそうなんですけど、日本中を旅したとき、何がいちばん気になったかというと、動物を扱った慣習とかだったんです。動物を戦わせる闘牛、闘鶏、クモ合戦とか、あと鵜飼、チャグチャグ馬コ」
動物の死骸や剥製も、見つけるたびにレンズを向けた。アナグマと思われる草むらの死骸は一部が白骨化し、黒雲のようにハエがたかっている。「こういうのに、ものすごく引かれるんです」。
今回の写真展はいまの時点での報告、序章として見せたい
写真展の終盤、新潟県村上市で写したサケの人工授精の様子が映し出される。
「村上では昔からこういうことをやってきたんです。この上流にはブナの森があって、マタギの文化がある。サケは川で生まれて、海で育ち、ちゃんと自分の川に戻ってくる。そこにジェネティックメモリーみたいなものが引っかかったんです」
授精の際、メスの腹から取り出したオレンジ色の卵に白い精子を振りかけるのだが、それが頭に浮かんだ瞬間、「あっ精子! それがタイトルの『おたまじゃくし』ですか?」。私の問いに、清水さんは「そのへんは謎解きの面白さなので」と、ニヤリ。
ちなみに、今回の写真展で答えが出たか、というと、出ていない。それは旅を始める前からわかっていた。血を楽しみ、血脈をたどる旅はこれからも続くのだろう。清水さんはこうも言う。
「先祖からのジェネティックメモリーの影響とか言っておきながら、なんですけど、そんなのは確証はないし、純粋な感覚とも言い切れない。カブトムシの幼虫を1600匹集めた幼児体験とか、モンゴルで猟人や鷹匠を撮った体験、あと写真家としてのあざとさが知らず知らずのうちに作品をゴールに導いているのかもしれない」
確かにそうかもしれない。「でも、それは誰にもわからないですよね」と、私がつぶやくと、「そう、本人にもわからない」。そんなあいまいさを十分に承知しているからこそ、心は揺れ動き、変わっていくのだろう。
「今回、生涯のテーマになりそうだな、という手ごたえを感じています。写真展はいまの時点での報告というか、序章として見せたいんです」
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】清水哲朗写真展「おたまじゃくし-Genetic Memory-」
オリンパスギャラリー東京 10月9日~10月21日、オリンパスギャラリー大阪 10月30日~11月11日 会場では同名の写真集(私家版、A5変形、高さ215.5mm×幅138mm、144ページ、上製本、税込4500円)も発売する。清水さんのホームページからも購入できる。