もう滅びることが決まっていた。その最後の記録
2010年、岡田さんは知り合いの編集者からユルリ島の馬の話を聞いた。それをきっかけに「ちょっと、興味を持って調べ始めた」。
――具体的にどんなことに興味を持ったんですか?
「そのとき、12頭がいたんですけれど、もうメスしかいなかったんです。もう滅びることが決まっていた。その最後の記録、ではないんですけれど、無人島に生きる馬の命のありようなものと向き合ってみたいと思ったんです」
しかし、島への上陸は容易ではなかった。ユルリ島は北海道の天然記念物に指定され、国指定の鳥獣保護区にもなっていて、一般の立ち入りは禁じられていた。
「野鳥の調査とか、花の研究とか、そういう目的でないと上陸できない。さらに無人島なんですけれど、地主さんがいて、その許しもいただかなくてはならない。複雑なんです。馬の写真を撮る、ということではなかなか理解が得られなくて、結局、1年半くらいかかりました。個人では許可が下りないので、根室市から委託された記録撮影というかたちをとっています」
人間を知らない生きものと接している感じ
初めてユルリ島に上陸することができたのは11年の夏だった。
「漁師さんに船をお願いして島に渡るんです。島にはいちおう船着き場があるんですけど、ほんとうに小さなもので、波が2.5メートルを超えると渡れない。なので、天気がよくても島に渡れなくて帰ることもあります」
島に上陸すると、テントを張って滞在した。道も何もないが、さいわい携帯電話は通じた。
「島に渡ったら迎えに来てもらうのを待つしかない。よく、漁師から『危なかったよ』と言われます(笑)。『これ以上いると危ないから迎えにいくね』とか」
夏になると島には高山植物が咲き誇り、お花畑のようになるという。そこで馬を撮影していると、人間を知らない生きものと接している感じがするらしい。
「人が飼っている馬だと笹をやったりすると、反応するじゃないですか。でも、ここの馬に同じことをしても『何してるの?』、みたいな感じで見るんです。子どもというか、赤ちゃんみたいな目をしていますね。なんか、自分のけがれているところを全部見られているような気持ちになります」
夏場は霧に包まれている日が半分以上もあり、しかも、その濃さは半端ではない。
「馬が20メートル先にいると気づかない。探すのは大変です。見つけられなかった日もありました。でも、白い馬が霧の中から出てくると、もう違う国、違う世界の生きものというか。その馬の光景が圧倒的に美しくて。それがいちばん、10年撮り続けた理由かな、という気がします」