「6月、白夜の沈まぬ太陽が北の地平線に隠れた。1時間もすればまた顔を出すだろう。南を振り返ると、満月がジャコウウシを照らしていた」(佐藤さん)
「6月、白夜の沈まぬ太陽が北の地平線に隠れた。1時間もすればまた顔を出すだろう。南を振り返ると、満月がジャコウウシを照らしていた」(佐藤さん)
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 写真家・佐藤大史さんがアラスカの大自然とそこに生きる動物たちを写した作品集『Belong』(信濃毎日新聞社)を出版した。アラスカでもあまり目にすることのない場所で撮られた写真が新鮮だ。

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 表紙の写真はつぶらな瞳のジャコウウシ。ふさふさした長い毛並みの2頭が心地よさそうに肩を寄せ合い、草原に寝そべっている。白夜に浮かぶ満月。青白い光に照らされた赤紫色の花。画面の奥には極北地方独特のなだらかな山とも丘ともいえるような大地の盛り上がりが見える。残雪と黒々した斜面のコントラストが短い夏の始まりを感じさせる。

 とても素敵な写真だが、むくむくと疑問が湧いた。いったいどこで撮影したのか? ほかの写真家の作品では見たことがない。アラスカの地図を頭に描いてみるが、思い当たる場所が浮かばない。木の生えない森林限界以北のツンドラ地帯。しかも、撮影時期は夏だ。

「稜線に張った私のテントを怪しく思ったのだろう。1頭のオスのカリブーがこちらを観察した後、飛ぶように急斜面を下っていった」(佐藤さん)
「稜線に張った私のテントを怪しく思ったのだろう。1頭のオスのカリブーがこちらを観察した後、飛ぶように急斜面を下っていった」(佐藤さん)

足を踏み出すと水がじわっと染み出す無間地獄のような場所

 無限と思えるほど広大なアラスカの原野。雪の時期であればスノーモービルやクロスカントリースキーを使って比較的容易に奥地まで入ることができる。大きな荷物もそりに積んで雪の上を引いていける。

 しかし、雪が解けてしまうとそうはいかない。すべての荷物を背負い、歩いて行かなければならないのだ。頼れるの自分の足のみ。踏み跡もない。しかも、足を踏み出すと水がじわっと染み出す性悪なツンドラの湿原がどこまでも続く。体力も気力も著しく消耗する無間地獄のような場所。だから夏の間、ここを訪れる人はまずいない。

 そんな場所に足を踏み入れ、野生動物を探し歩いたのか? 佐藤さんにたずねると、そうだと言う。

「ザックを背負ってここまで奥まで入って撮る人はぼくくらいだと思います。車で入れるところまで行くか、ボートを持っている人に川を遡上してもらって、そこから歩いていく」

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