かつてのプロレスのイメージを変えようとイタリア製のスーツを身に纏い、フェラーリで会場に向かう。子どもたちに夢を持たせたいからという(撮影/加藤夏子)
かつてのプロレスのイメージを変えようとイタリア製のスーツを身に纏い、フェラーリで会場に向かう。子どもたちに夢を持たせたいからという(撮影/加藤夏子)

■英語とスペイン語も堪能、新日の海外戦略の顔に

 その後、オカダは「プロレスラーは超人です」と発言することが多くなった。実はオカダ自身も右膝を治療が必要なほど痛めている。しかし、試合は休まない。

「地方だと年に1回しか試合は行われない。オカダを見たいという子どもが一人でもいる限り、試合をするのがプロだと思っているんで」

 オカダがデビューする以前、日本プロレス界はどん底に喘いでいた。90年代まで「金曜日夜8時はプロレス中継」がファンの定番で、レスラーの激闘に男性たちが熱く血を滾らせていたものだ。だが、00年代に入ると「K-1」「PRIDE」などの総合格闘技ブームが生まれ、新日本プロレスもその流れに乗ろうとしたことから、ファンが離れていった。相次ぐ主力選手の離脱も大きな痛手となり、10年の売り上げは約10億円にまで減少。

 選手が経営者も兼務していた放漫経営に歯止めをかけるため、05年にゲームソフト開発会社のユークスが新日本プロレスを子会社化し、経費管理を徹底し少しずつ筋肉体質に変えていったが、離れたファンは戻らなかった。大きく変わったのは12年、ゲームやアニメ関連事業を手掛けるブシロードがユークスから新日本プロレスを買い取り、経営に乗り出してからだ。ブシロードの創業者で現新日本プロレスのオーナーでもある木谷高明(59)は、新日本プロレスにはエンターテインメントとしての資産が大量に眠っていると踏んだ。

「コンテンツとしてすでに歴史があり、棚橋を始めとするリングで闘う選手たちの魅力は高く、知名度も十分。選手個々のキャラクターが確立されているので、ファンも泣いたり喜んだり感情移入できる。どんなコンテンツであっても、ゼロからその価値を見いだすのは簡単ではないけど、新日本プロレスにはこうした価値ある資産が幾つもあった。あとはそれをどう形にし、大きくしていくか」

 木谷は、3億円の予算を計上し都内JR56駅に巨大広告を設置。山手線の車両を選手の写真でラッピングし、東京メトロの全車両中吊り広告をジャックするなど、「流行っている感」を演出した。また、選手全員にツイッターアカウントの取得を求め、フォロワー数に応じたインセンティブも用意した。

 オカダの新日本デビュー年と木谷の買収時期は重なる。木谷が言う。

「オカダ選手の存在はもちろん、大きな後ろ盾になりました。若くて華があり実力も備わっている。いずれ海外戦略の切り札になると」

 木谷の大胆なマーケティング戦略が成功し、プロレスが面白いらしいと感じた新たなファンが会場に足を運ぶようになった。またSNSなどで選手がこぞって発信したことから女性ファンが急増。

 14年末から始めた有料動画配信「新日本プロレスワールド」(月額999円)も人気に輪をかけた。英語サービスも展開し、19年末の会員数は約10万人。その半数近くが海外のファンだ。アメリカのプロレス団体と言えばエンターテインメント性を前面に打ち出すWWEが代表的。「エンターテインメントに飽き足らないプロレスファンが、競技性の高い新日本プロレスに興味を持った」と木谷は分析する。MSGを満員にした観客は「新日本プロレスワールド」の有料会員が多かったという。

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