日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。イタリアン、蕎麦の世界を渡り歩いた店主が愛するラーメンは、札幌味噌ラーメンの名店で18年修行した店主が都心で勝負した、極上の味噌ラーメンだった。
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■ラーメン屋に必須の「券売機」を置かない理由
横浜市神奈川区の反町駅から5分ほど歩いたところに、「ラーメン 星印(ほしじるし)」はある。しかし、店名を頼りに店を探しても見当たらないだろう。黒地の看板に書かれているのは、白い「☆」マークのみ。BGMには矢沢永吉がガンガンに流れるロックな店だ。提供するラーメンは見た目も美しく、豚や鶏の旨味が詰まっている。
店主の沖崎一郎さん(42)はラーメン店の他に、イタリアンや蕎麦屋を渡り歩き、様々な経験を積んできた。中でも思い出深いのは、故・佐野実さんの「支那そばや」での修行だという。佐野さんが全国各地から見つけてきた選りすぐりの食材を、確立された調理法でラーメンに合わせる。その複雑な作り方はなかなかマスターできない。新横浜ラーメン博物館(ラー博)で初めて店長に任命されたのは修行から3年経った頃だった。
佐野さんは“ラーメンの鬼”と呼ばれただけあって、畏敬の念を抱く同業者も多い。ラーメンや食材への思いの強さは人一倍。だが、佐野さんの一番の魅力は「人柄」だという。沖崎さんは当時をこう振り返る。
「マスター(佐野さん)は行きつけの寿司屋でいろいろな話をしてくれました。シャイであまり目を合わせてくれないけれど、一つ質問するとあらゆる方向から答えてくれる。醤油の目利きや、塩や小麦の産地の話など、その一つひとつがヒントになるんです」
佐野さんは、仕入れ業者や生産地に対するお礼を欠かさなかったし、クリスマスには社員が一人ずつ呼ばれ、家族用に1ホールずつケーキが渡されたという。気遣いの人だったのだ。
佐野さんの教えを受けた沖崎さんも、ラーメンの作り方や食材にはこだわり抜く。その「佐野イズム」は店の作りにも表れている。業務の効率化のために、今や多くのラーメン店で券売機が導入されている。だが、お金の受け渡しも含めてお客さんとの触れ合いだという沖崎さんのこだわりから、「星印」には券売機がない。代金をもらった時に「ありがとうございました」と心から伝えるのが沖崎さん流。昔ながらの飲食店本来の温かさを忘れずにいたいという思いからだ。
ラーメンにも店づくりにも信念のある沖崎さんだが、つい味の分析をしてしまい食事が楽しめないという理由で他のラーメン店にはあまり行かないという。だが、それでも愛する一杯はある。札幌の有名店で18年勤め上げてから独立を果たした店主の、こだわり溢れる味噌ラーメンだ。