飲食物の持ち込みは自由、コーヒーなどフリードリンクの提供もある。進捗を尋ねられる際にはお菓子の差し入れも。夜には業態が変わるためカウンターには酒瓶が並ぶ
飲食物の持ち込みは自由、コーヒーなどフリードリンクの提供もある。進捗を尋ねられる際にはお菓子の差し入れも。夜には業態が変わるためカウンターには酒瓶が並ぶ

 記者の目標設定は「3時間で1500字」にした。利用時間は30分からで、余裕を持って3時間利用のコースを選択。料金は3時間で900円(7月から値上げ予定)だが、目標時間以内に退店できなければ、延長料金1時間3千円(!)となる。

 さらにこのカフェには、作業1時間ごとに店長が進捗を尋ねてくるという余計なサービスもある。その圧は強弱を選ぶことができ、「マイルド」「ノーマル」「ハード」から選択可能。「なし」の選択肢などない。マイルドに手が伸びかけたが、ひとまずノーマルでお願いした。ちなみにハードは声をかけるのではなく、無言で背後に立って圧をかけるという恐ろしいサービスだ。

 戸惑いながらも、いざ作業を始めると、はかどった。耳障りな会話もなく、響くのはタイピング音のみという環境が心地よく、記者に向いていたようだ。外からは時折高架を走る電車の音が聞こえる。集中していればBGMだ。気づけば1時間ほどで目標の8割が書き上がっていた。

 カフェのプロデューサーの川井拓也さんはこう話す。

「脚本や小説、漫画のネーム、卒論の執筆など、来る方は学生から社会人までさまざまですが、共通するのは頭の中から何かを生み出すクリエーターということ。そんな人たちから、『目標以上に原稿が書けた』といった感想を聞けたときが本当にうれしい。ゆくゆくは原稿執筆カフェから○○賞受賞者が出たとか、シンデレラストーリーに出会えたら最高ですよね」

 この日、店長を務めていたのは小説家の灯甲妃利(とうこうひり)さん。元々はカフェの利用者だった。

「終わらせないといけない小説の校正があるときにこのカフェを利用していました。締め切りに追われて何かを書いている人と同じ空間にいられるのは気持ちがよくて、使命感みたいなものが共有できるのだと思います」

 AIに完敗し、失意の中で書き始めたこの記事は、終わってみれば、いつも以上に速く書き上げられた。コンピューターの進化はめまぐるしいが、記者もまだ進化できる。書き手にとって力強い味方に出会えたことをきっかけに、今後は締め切りをちゃんと守りたい。(本誌・秦正理)

週刊朝日  2022年7月8日号

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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