人を生かすことでしか作品が輝かない「映画」が、上田を監督の器に成長させた。やっと夢に直進し始めた上田は、今までの迂回が嘘のように、次々に映画を作っていく。


親友が経営する地元の名物パン屋「つるやパン」を訪問(撮影/今村拓馬)
親友が経営する地元の名物パン屋「つるやパン」を訪問(撮影/今村拓馬)

■スペアクの脚本書く前、人生初めての大スランプ

 最強の味方は妻である映画監督のふくだみゆき(31)だ。26歳の時、映画祭の授賞式で出逢い、上田の映画では毎回、美術や衣装、監督補などで手伝ってきた。自身が監督したアニメ作品「こんぷれっくす×コンプレックス」では上田より先に毎日映画コンクールで受賞している。

「私は自分ほど尖った面白い女はいないと思ってるイタい女だったから、私を優先順位の1番にする男なんてつまらなくて、映画を優先させる上田のような人がよかった。ブログで上田のイカダ遭難事件を読み、面白すぎるとぶっ飛んで、私から『上田さんのDNAが欲しいです』と告白しました。本気でこの人の子どもが欲しいと思った」

 同棲を経て14年に結婚。2歳の息子がいるので、子育てに優しい現場環境で自身の次作を始動したい、上田の協力はマスト、と言う。

「2人ともコメディーベースの作品を作るから、どんなにピンチでも落ち込まず俯瞰して笑いにできるのが強みです」(ふくだ)

「恋する小説家」「彼女の告白ランキング」「ナポリタン」など、短編映画を中心に、ほぼ年1作のペースで制作し、17年、上田にとって初の劇場長編作品「カメラを止めるな!」が完成する。

 カメ止めは昨年6月、2館でスタートすると、トリッキーな2重構成や脚本の面白さで映画ファンの熱い話題を集めた。上田は2週間連日、キャストと共に舞台挨拶に立ち、SNSを駆使してファンと情報を共有して面白さを広めていった。これに呼応して多くの観客たちが、「とにかく見て」「最高に面白い」と自主的に宣伝し、キャストたちも連日、自主登壇で盛り上げていったのだ。

 カメ止めを最長期間上映した池袋のシネマロサ支配人、矢川亮(43)はこう振り返る。

「上田監督こそカメ止め現象の求心力だった。感染者(熱烈ファン)と家族みたいな交流をして誕生会まで参加してたし、サインも写真撮影も飲み会も無制限で行い、巻き込み力は計り知れない。ファンの熱量もこれまでとはケタ違いだった」

 最終的にロサの50年間の興行成績でカメ止めは「君の名は。」に続く2位となった。

「自主映画からの化け方では、こんな次元の大ヒットは恐らくもう二度と出ない」(矢川)と言われるほどの現象だ。当時の上田は次回作へのプレッシャーを意識する余裕すらなかった。

 が、新作の脚本と向き合ったとき、人生初の大スランプに落ち込んで絶望感に襲われた。キャストはオーディションで15人を選んでいたが、演技力もキャリアもばらばらだ。そのキャスト全員を光らせる脚本の難しさ!食欲もなくなり顔色も悪くなって、吐き気すら襲ってきた。それでも何とか、「マジカル・スパイ」という「くすぶってるポンコツの超能力者たちが訓練を受けて、特殊部隊を結成し世界を救う話」をプロットとして構想したが、「長編は現実と地続きな部分がないと共感を呼ばない。結局、全部捨てた」。

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