日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介するこの連載。新潟のご当地ラーメンを都内に広めた功労者が愛する一杯は、豚骨一本で走り続けた店主が紡ぎ出した最強に“普通”なラーメンだった。
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■「背脂の関所」を取り払いたい 店主の思い
新潟の燕三条に本店を構える、背脂煮干ラーメンの名店「潤(じゅん)」。店主の松本潤一さん(54)は燕市出身で、かつては甲子園球児としてその名を轟(とどろ)かせていた。プロ野球選手を目指していたが、挫折。その後飛び込んだのがラーメンの世界だった。
昔から食べていた地元の背脂煮干ラーメンを全国に広めたいと、1993年に自宅の玄関を改装してお店をオープンさせた。現在は都内を含め13店舗を展開し、新潟ラーメンを広めた功労者として松本さんの名前を挙げる人も数多い。
「潤」で提供している燕三条の背脂煮干ラーメンは、燕市の「杭州飯店(こうしゅうはんてん)」が元祖と言われている。煮干を効かせたスープに背脂でふたをし、極太麺を合わせた独特の一杯だ。このラーメンの誕生には、燕三条エリアの産業が関係している。
燕三条は世界有数の洋食器の街で、町工場が立ち並ぶ。家内工業も盛んなため、出前を取る文化が自然と広がった。寒い地域でラーメンの出前を取ると、運んでいる間にスープがぬるくなってしまう。それを防ぐために背脂でスープにふたをし、麺が伸びないように太くしていったという。麺量も増やし、腹持ちさせる工夫もした。
ご当地ラーメンには、その町の文化や気候がダイレクトに現れているのが楽しい。特に新潟には、寒い地域ならではの工夫が随所に見られるラーメンが多く存在しているのだ。「こういった背景も含めてラーメンを楽しんでほしい」と松本さんは言う。
「インターネットの普及により、今や全国に浸透したご当地ラーメンはたくさんあります。その土地のラーメンを食べると、その街が見えてくる。ラーメン自体が文化なんですね。地方創生の一つとして、ご当地ラーメンを盛り上げていければと考えています」
松本さんが火付け役となった新潟ラーメンは人気ご当地ラーメンの代表的存在だ。「青島食堂(あおしましょくどう)」「来味(らいみ)」といった名店も都内に進出し、その人気は加速している。
今後の課題として、松本さんは海外での展開を挙げる。「潤」はドイツにも2店舗を展開しているが、輸入規制で煮干しが使えず、背脂煮干ラーメンは提供できていない。いつか背脂煮干を提供することを夢見ながら、豚骨ラーメンや味噌ラーメンで現地のお客さんの反応を見ている状況だ。