小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)、小説『幸せな結婚』(新潮社)、対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『歳を取るのも悪くない』(養老孟司氏との共著、中公新書ラクレ)、小説『幸せな結婚』(新潮社)、対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)
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■人の気持ちの「わかり方」がマダラ状態

 授業中にわからないことがあると、手を挙げて聞かずにはいられない生徒でした。あるでしょう、どうもみんなよくわかっていないのにシーンとしたまま、先生がどんどん先に行ってしまうときが。そうなるともうムズムズしてしまうのです。え? みんなわかってないよね? いいの?
 このまま流しちゃって。先生もさ、伝わってないことに気づいてよ。ああもう、じれったいな。じゃ、ここでいっちょ手を挙げて聞いてしまおう。

 で、「せんせーい! さっきのところよくわかりませーん」となるのですが、大抵の場合、先生はちょっと迷惑そうにします。物わかりの悪いクラスメイトに鬱陶しそうな顔をする子もいますが、助かったとばかりに懸命に説明に聞き入っている子もあちこちに。あーよかった、私もみんなもこれでスッキリしたと満足するのですが、誰一人として「質問してくれてありがとう」とは言ってくれません。しらーんぷりでこっそりノートをとって終わり。

 いや、いいんだけどさ。私が質問したくて質問したんだし、自分のためにやったことで恩着せがましく色々いう気はないのだけど。でも、なんだか納得がいかない。なんでみんな、授業中に空気を読まずに質問する子のことを、バカにするんだろ。あとで自分で先生に聞きに行くつもりだったの? そんなの先生もめんどくさいし、みんなとシェアできないし、非効率的じゃん!

 と毎度釈然としない気持ちになりつつも、質問することは無駄じゃないと思っていました。先生が教えていることを聞いている私たちがちゃんと理解できないと授業の意味がないですからね。だから自分は先生の説明を理解している場合でも、周囲がわかっていない様子の時は、ちょっと笑いの要素を入れながら質問したりしてました。

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