これがアメリカ一周旅の我が家、グレイハウンドバス。車中8泊(撮影/阿部稔哉)
これがアメリカ一周旅の我が家、グレイハウンドバス。車中8泊(撮影/阿部稔哉)

■安いメキシコ側 旅の食料を調達

 翌朝、ホテル近くのスーパーに入った。30枚ほどが入った食パン、チーズ、ソーセージ、クッキー……。30年前より厳しい旅になりそうだった。恐らくテイクアウトのサンドイッチも口にできない。それに備えて食料の買い出し。アメリカより安いメキシコ側で調達した。

 長いバス旅が待っていた。宿には泊まることができない丸4日間、ひたすらバスに乗り続けることになる。自分で予約を入れておきながら、エルパソのバスターミナルで、くすんだ青色のグレイハウンドバスを見たときはため息がでた。

 救いもあった。30年前に比べ、バスやターミナル周辺がずいぶん穏やかになったことだった。ロサンゼルスの空港に着いた僕は、バスでロサンゼルスユニオン駅に出た。ここからグレイハウンドバスのターミナルまではそう遠くない。しかし30年前の記憶がよみがえってくる。周辺はホームレスの巣窟だった。四つ角にはぼろぼろの男たちが立っていて、10セントや25セント硬貨をくれないかと近づいてきた。そんな一画だった。ユニオン駅の案内係のおじさんに聞いてみた。

「最近はずいぶんよくなったよ。君らふたり? 大丈夫だよ」

 おじさんは僕らの顔つきをちらっと見ながらいった。そう背中を押されたものの、やはり怖い。ついつい急ぎ足になる。ところが気が抜けるほどなにもなく、バスターミナルに着いてしまった。ホームレスがいないというより、人が少ない。ターミナルのなかも怪しげな男がいなかった。かつてはトイレを使うのに、カウンターに行って鍵を借りなくてはいけなかった。もう、そのシステムもなかった。トイレも清潔で、洗面所の蛇口からはしっかりと湯が出た。

 車内も平穏だった。30年前、最後尾に座る男が酒を飲み、運転手が大きなグローブをはめ、殴り合い覚悟で彼らを引きずり降ろすことが何回もあった。そんなぎすぎすした空気も消えていた。

事前に買った非常食は、おにぎりや乾パンなど。総額6242円(撮影/阿部稔哉)
事前に買った非常食は、おにぎりや乾パンなど。総額6242円(撮影/阿部稔哉)

■1日に使う費用 コーヒー・水だけ

 ただ長く、貧しいバス旅だった。1日に使ったのは、朝のコーヒー2・05ドルと水の2・2ドル。これだけだった。空腹は日本からもち込んだ非常食とメキシコ側で買った食料で紛らわすバス旅である。

 アメリカの物価を考え、30年前も日本からカップ麺や缶詰をもっていった。今回もそうした。しかし日本の非常食は東日本大震災を経て、急速に進化していた。水を入れるだけで食べることができるおにぎりや松茸ごはん……はなかなかの味だった。

 とはいえ、やはり非常食である。1日のめりはりをつけようと、朝はメキシコで買ったパンにチーズやソーセージを挟み、昼はおにぎり、夜はパンに松茸ごはんと決めた。

 楽しみは朝、バスターミナルの売店で買う薄いコーヒーだけだった。年老いたメキシコ系のおばさんが、発泡スチロールのカップに注いでくれた。アメリカまで来て、なにをやっているんだろうと思う。

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