アメリカを一周し、ロサンゼルスのバスターミナルに戻った。そこで記念撮影。粗食の12日間をすごした体は、空気が抜ける風船のように軽い(撮影/阿部稔哉)
アメリカを一周し、ロサンゼルスのバスターミナルに戻った。そこで記念撮影。粗食の12日間をすごした体は、空気が抜ける風船のように軽い(撮影/阿部稔哉)
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 お金をかけずにどこまで世界を巡れるのか。30年前のバブル絶頂期に本誌で大人気だった連載『12万円の旅』シリーズが、帰ってきた。筆者で旅行作家の下川裕治さんは、いまや64歳。平成の終わりを目前にしたいま、同じコースで再び“貧乏旅”に挑戦する。第3回はアメリカ編。

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『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社刊)は、約30年前に週刊朝日で連載された『12万円の旅』シリーズに加筆したもので、1997年に文庫化されている。その旅は、航空券、宿代、食費などすべて含めて12万円で賄うルール。シリーズでは長距離路線のグレイハウンドバスを使い、アメリカ一周にも挑んだ。物価の高いアメリカの旅は苦行だったが、約1770円のオーバーですんだ。

 その旅をもう一度……。2018年11~12月、アメリカに向かった。

 12万円という費用は、早晩、底を突くことは出発前にわかっていた。しかしこんなに早いとは……。

 30年前、僕らが利用したのは乗り放題パスだった。15日間有効で2万1500円。このパスが姿を消していた。今回は区間ごとに買うことになった。

バスターミナルで非常食。この頃はまだ余裕の顔(フェニックス)(撮影/阿部稔哉)
バスターミナルで非常食。この頃はまだ余裕の顔(フェニックス)(撮影/阿部稔哉)

 ロサンゼルスまでの往復航空券は8万3330円だった。30年前は8万2千円。ほとんど変わらない。『12万円で世界を歩く』リターンズは、これまで2コースをたどったが、総予算12万円で賄うことができた。LCCの存在が大きかった。しかし太平洋路線のLCCは脆弱だった。残金は315ドルしかなかった。

 ロサンゼルスの街や乗り込んだバスで教えられたのは、30年の間に確実に上がった物価だった。

 当時の記録では、チーズバーガーとコーヒーで1・5ドル。今回、バスターミナルで食べたハンバーガーとコーヒーは合計で7・65ドル。車窓に見えるモーテルの看板には199ドルといった数字が躍っている。僕らはホテルどころか、本来安く泊まれるはずのモーテルにも手が届かない。

 15時間バスに乗り続けてエルパソに着いた。体がバスの椅子の形になってしまうような旅である。何回乗っても、つらさだけが残る。寝不足で体が重い。腰をいたわりつつバスを降り、仕事帰りのメキシコ人と一緒に国境を越えた。

 メキシコに入れば、物価は数段安くなる。30年前もそうした。シウダード・ファレスの食堂に入った。5ドル弱のメキシカンプレートと2ドルのビールを飲みながら、電卓をたたく。同行する阿部稔哉カメラマンに声をかけた。

「ここで白旗? 1路線乗っただけだよ」
「でも、前のルートをなぞっていくと、出費はどんどんかさんでいっちゃう」

ロサンゼルス往復はハワイ乗り換えのLCCよりデルタ航空が安かった(撮影/阿部稔哉)
ロサンゼルス往復はハワイ乗り換えのLCCよりデルタ航空が安かった(撮影/阿部稔哉)

 LCCが誘惑をしかけてくる。スマトラ島の赤道をめざした1回目を思い出していた。かつて3日乗ったバス区間をLCCは1時間で飛んでしまった。予算はクリアしたが、のどに小骨が刺さっていた。やはりリターンズの旅はルートを忠実にたどることが筋ではないか。

 予算オーバーでも、アメリカを一周することにした。アトランタから先も予約した。ニューヨーク、そしてシカゴ。早く買うと運賃は若干安くなる。とはいえ、シカゴまでの運賃は146・2ドル。


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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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