
「東京地理教育電車唱歌」(石原和三郎、田村虎蔵 1905年)の八番に「はや目の前に十二階、雷門より下りたてば、ここ浅草の観世音、詣づる人は肩を摩る」と、1890年に開業した「浅草凌雲閣(十二階)」のことが詠まれている。浅草凌雲閣は、浅草寺の北西方の浅草公園区外地に建てられた眺望用の12階建て高層建築物で、1階から8階までは日本初の電動式エレベーターが設置された。眺望の良さが人気を呼び「日本のエッフェル塔」とか「浅草十二階」「十二階」とも呼ばれたが、1923年9月1日の関東大震災で崩落・炎上し、解体処分された。浅草凌雲閣の開業日である11月10日にちなみ、この日を「エレベーターの日」と制定している。
エッフェル塔からスカイツリーへ
1932年、凌雲閣の跡地からやや南側の雷門一丁目に、凌雲閣を模した森下仁丹の広告塔「仁丹塔」が完成。新しい浅草のランドマークとなったが、第二次大戦中に金属供出のため解体された。仁丹塔は戦後の1949年に再建され、復興期の新しいシンボルとなったが、1980年代になると老朽化が進み、1986年に姿を消した。
仁丹塔が消えてから四半世紀たった2012年5月、浅草から隅田川を隔てた対岸の業平橋の地に、高さ634mの世界一高い電波塔「東京スカイツリー」が竣工した。浅草界隈の高上がりは「日本のエッフェル塔」から「東京スカイツリー」へと移ろいを見せている。
■撮影:1965年11月7日
◯諸河 久(もろかわ・ひさし)
1947年生まれ。東京都出身。写真家。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など多数。9月には軽便鉄道に特化した作品展「軽便風土記」をJCIIフォトサロン(東京都千代田区)にて開催中。