こうして片っ端からタイムスリップして、平和で幸福な美しい風景の国に降臨したいと必死になって色んな前世を探し続けることになりますね。どこの時代に帰っても、大きい悩みや苦しみを抱えた場所ばかりだったら、前世巡りは止めて、やっぱり今の時代の環境がいいか、という風に落ちついて、もう二度と前世巡りの旅は止めて、80年前の自分の子供時代でいいや、ということに落ちつくかも知れませんね。

 僕の子供時代はひとりっ子で寂しい時代を過ごしましたが、あれはあれで結構、孤独を愉しんでいたと思います。でも、やっぱりもう一度アトランティス時代に戻ってアトランティス大陸が沈没していく恐ろしい終末的な光景を目の当たりにするのも、セシル・B・デミルの映画を観ているようで、これはこれでいつか未来に起こるかも知れない人類の黙示録的世界を先取りして、未来を予兆する体験もしてみたいとも思いますが、やっぱり平穏無事な平和と幸福の時代の中で静かな時間を満喫するというなら、やっぱりあの子供の時代に帰るのが一番いいかなと思ってしまいますが、あの時代だって第2次世界大戦の時代だったので、ここも考えものですね。

 僕の子供時代の将来の夢は画家になることではなく、以前も書きましたが、町の小さい郵便局に勤めて郵便配達夫になることでしたが、このことは僕の宿命ではなかったようです。その後の様々な人生は結局運命の導くままに従った結果で、まあ成るように成るしかなかったように思います。タイムマシンに乗って、色々な前世などを妄想してきましたが、もし行くとしたら、放っといてもこれから本当に行くことになる死後の世界を先に、チラッと覗いてみたいような気もしますが、これは本番でのお愉しみにとっておきましょう。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2022年12月30日号

著者プロフィールを見る
横尾忠則

横尾忠則

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。

横尾忠則の記事一覧はこちら