過日、朝日新聞「声」欄に載った投書(2017年3月8日付)がちょっとした物議を醸した。
「大学生の読書時間『0分』が5割に」という記事を受けた内容で、投書者は「大学生21歳・男性」。彼は〈高校生の時まで読書は全くしなかった〉が、〈それで特に困ったことはな〉く、現在は教育学部なので幅広く読んではいるが〈読書が生きる上での糧になると感じたことはない〉。読書は趣味であって〈読んでも読まなくても構わないのではないか〉。
彼は読書を強要する風潮にムカついただけかもしれない。とはいえ投書の衝撃は大きく、丹羽宇一郎『死ぬほど読書』もこの話からはじまる。こうした若者たちは何もかも与えられた環境で育ち「自分の頭で考える」習慣がないために、すぐ実利的な結果を求める。そんな生き方は不自由だ。〈それが不自由であることを、本人は露ほども感じていないと思うと、身震いするほど、自由の世界へと手を差し伸べたくなります〉
こういう「上から目線」の意見がまた若者たちの反発を招くような気もするけど、この本自体はきわめてオーソドックスな読書論兼人生論。著者の読書歴も、子ども時代は野口英世やシュバイツァーの伝記に『三銃士』他、中高時代には『次郎物語』、大学時代は『ジャン・クリストフ』『魅せられたる魂』『アンナ・カレーニナ』他……。古き良き読書家の王道を行く立派な書目が並ぶ。
その上で、ハウツー本もベストセラーも読まない、古典の解説書は現地に行かずに絵葉書を見るのと一緒、とかいわれると大学生でなくともちょいと腐る。
しかし、〈人間にとって一番大事なのは、「自分は何も知らない」と自覚することだと私は思います〉という一言は意外と重要かもしれない。本を読むと新しい知識を得られる気がするが、実際は逆。自分の無知さに驚くのだ。
著者は1939年生まれ。伊藤忠商事前会長で元中国大使。この本が「たちまち10万部突破!」というのに驚く。購入者はでも、たぶん中高年。癒やし本ですね。
※週刊朝日 2017年10月6日号