これも意外に思うかもしれないが、1966年に文藝春秋に入社した花田の最初の配属先は、『オール讀物』だった。そこで花田は、憧れの尾崎に原稿を頼むことを思いつく。そのときのデスクは「尾崎さんはもう純文学の大家だからなあ。難しいと思うよ」と言いながらGOサインをだしてくれた。
「とにかくどんな人にでも会えるのが編集者の特権だから、尾崎さんの小田原の家にも行きましたよ」
小田原市内下曽我にある尾崎の家を新人編集者花田は訪ね、『オール讀物』編集部にいる間に、読み切りの短編小説をふたつ、そしてエッセイをひとつとることができた。
このエッセイが「絵入り随筆」というもので、尾崎は「田舎のバス」というのを書いてきた。「バスを乗り違へてすましてゐる」とキャプションについた尾崎の自画像イラストをそえて。
その自画像イラストは花田の宝物になった。
色あせた自画像は、尾崎一雄の『書目』に挟まれて今も花田の手許(てもと)にある。
下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。4月27日(木)18時半から、静岡県立大学web公開講座で『2050年のメディア』について話をする。申し込みはwebで。
※週刊朝日 2023年5月5-12日合併号