
「逮捕、起訴される場合もある」
イトウは続ける。
「個人情報が知らないところで流出して、第三者が口座を作ることもあります」
「今西さん名義の銀行口座が事件に関係していることがあり、おうかがいします。山梨県警のほうで、アダチグループの詐欺事件で、アダチツトムという人物を逮捕、摘発いたしました。家宅捜索したところ大量のキャッシュカード、携帯電話、タブレットなどを押収しています。その中に1枚、楽天銀行の今西憲之さん名義のキャッシュカードが含まれていました。今西さんがアダチグループの資金洗浄に加担しているのではないか、となっております」
自分が被疑者になっている、ということらしい。アダチなる人物に心当たりはないので、アダチの情報について聞くと、
「足立区の足立、ツトムは努力の努ですね」
足立努。目の前にあったパソコンでデータを検索したが、最近、足立努なる人物が詐欺事件で逮捕されたというニュースはなかった。ここで、ちょっと揺さぶってみる。
「警視庁のマツモトさんでしたか。足立さんのお住まいは、山梨県では甲府市とか笛吹市とか、ありますが、どこですかね。思い出すかもしれない」
イトウの名前をわざと間違えて聞いてみた。だが、イトウは何の反応も示さず、
「山梨県警本部で取り調べている。逮捕されている」
と繰り返す。おそらく山梨県の地名などは設定されておらず、マニュアル通りに電話をしているだけなのだろう。そしてこう脅しをかけてきた。
「法的な責任の話をしますと、今西さんが楽天銀行のキャッシュカードを作成した、操作したとかにかかわらず、この口座を通して被害に遭われている方がいる。法的責任はあるわけです。このまま放置すると、今西さんの口座、財産が資金洗浄の容疑で凍結される」
「同時に逮捕、起訴される場合もある」
そこで、「怖いですね」と困ったふりをすると、
「捜査手順をお伝えします。今西さんには着替えと身分証をお持ちになって山梨県警まで足を運んでもらいたいのがまず1点。その際に20日間の勾留を請求します。本日対応は可能でしょうか」
とイトウは「逮捕」をにおわせる。
「山梨から遠いところにいるので無理だ」
と何度も答えると、イトウは、
「便宜を図るというと大げさですが、このまま山梨県警に電話をつなぎます。捜査協力をしてください。今から、事件名称と事件番号をお伝えしますのでメモを用意してください。これを山梨県警にお伝えください」
といって告げられたのが、「事件名称 足立グループ詐欺事件 事件番号 令和6(わ)286」というもので、2度復唱させられた。ここまでのやりとりで22分ほどかかっている。