ただ、慈悲の心を見せながらも、悲鳴嶼さんは自分のことを決して優しいとは思っていないようでした。
悲鳴嶼さんの幸せを壊したのは「鬼」でした。そして、鬼襲撃時に自分を信じてくれなかった「子どもたち」への複雑な胸中も解決しないままです。
「子供というのは
純粋無垢で 弱く すぐ嘘をつき
残酷なことを平気でする
我欲の塊だ」
(悲鳴嶼行冥/16巻・第135話「悲鳴嶼行冥」)
単純な嫌悪や憤りとも違う、愛情と大切な思い出と失望が入り混じる感情を抱えながら、悲鳴嶼さんは誰かを救うことをやめません。
■■悲鳴嶼さんの“許しの心”
悲鳴嶼さんは何のために戦い続けているのでしょうか。彼の〝願いの果て〞はどこにあるのでしょうか。「怒りと慈悲」という相反する感情を抱えながら、悲鳴嶼さんはたくさんの人たちを〝許して〞いきます。
鬼の妹を連れて歩く竈門炭治郎、そして敵であるはずの鬼・禰豆子を信じ、守ることを誓いました。「鬼喰い」という、鬼殺隊にあるまじき禁忌を犯していた不死川玄弥のことも、弟子として迎えています。
そして、産屋敷邸爆破事件の時には、鬼の珠世とともに、鬼舞辻無惨に立ち向かう戦略を取ったのです。自分が恨んできたはずの人たち・鬼たちと手を取り合うことができる、これこそ悲鳴嶼行冥らしさだといえるでしょう。珠世が無惨を捕縛して「悲鳴嶼さん お願いします!!」と叫んだ時、夜の闇の合間から悲鳴嶼さんはあらわれました。
煙と炎に包まれた地獄のようなあの場所で、まるで不動明王のように憤怒の表情をたたえ戦う悲鳴嶼さんの姿は、誰よりも頼もしく、隊士たちを救いにきた仏のようでした。
■■悲鳴嶼さんの“願いの果て”
『鬼滅の刃』は、鬼が存在し、殺戮が繰り返される殺伐とした世の物語です。しかし、神仏は姿を見せません。そんな無情なこの世界に、あの無限城の奈落に、「最強の剣士・悲鳴嶼さん」がいることが、鬼殺隊の隊士たちの心の支えになったことは間違いありません。
鬼を憎み、子どもの弱さに憤った悲鳴嶼さん。それでも、彼は正しき道に進もうとした鬼の珠世の意志を汲み、まだ年若い子どもたちを救い、仲間を助け、命をかけて戦います。悲鳴嶼さんの勇姿は、無限の夜を終わらせる光になります。彼の願いが叶うその時を物語の最後まで見届けたいと思います。
《新刊『鬼滅月想譚 ――「鬼滅の刃」無限城戦の宿命論』では、最強の上弦の鬼・黒死牟と悲鳴嶼の8つの対照性について分析。上弦の参・猗窩座と「炭治郎・義勇・煉獄」の戦いにおける“想い”についても詳述している》
