もっとも、その臆面もないやり方を批判する声もなくはない。やなせによる名言の丸パクリではないかという声もありつつも、そういうやり方を歓迎している人のほうが多そうだ。

 たとえば、戦争をめぐるエピソード。リンという名の中国人少年が、親を殺した日本兵に近づき、仲良くなったうえで復讐してしまう。これはやなせたかしが描いた絵本『チリンのすず』がヒントになっているようで、最近、そのアニメ映画版がEテレで放送されたりもした。そんなこんなで、やなせ及び「アンパンマン」的世界が好きな人たちには、このエピソードも感動につながったことがSNSでの反響からうかがえた。

 ただ、そういう人たちを不満にさせている要素もある。主人公・のぶと嵩の関係を、幼なじみにしたことだ。

 実はやなせと妻は戦後、新聞社の社員同士として出会うが「あんぱん」では子どもの頃からの深いつながりが描かれている。これについて、史実の行き過ぎた改変だという人もいるわけだが――。

幼なじみ設定は朝ドラの鉄板

 筆者はむしろ、その判断に感心させられた。朝ドラでは、幼なじみ設定のほうが鉄板だからだ。恋愛において、男性は常に新たな出会いを求め、女性は出会いから長い年月をかけて関係を深めていこうとする傾向がある。それゆえ、少女漫画などでは、幼なじみの設定が好まれる。伝統的に女性向けとして作られてきた朝ドラも、またしかりだ。

 つまり「あんぱん」はやなせ及び「アンパンマン」的世界に思い切り依存しながらも、ヒロインとその相手という要素においては朝ドラらしさにこだわった。その結果、フィクションとしての成分が増し、やなせ及び「アンパンマン」的世界とは「似て非なるもの」でもあるという仕上がりになっている。いわば、よくできたパラレルワールドだ。

 そういう意味では、過去の同系統の朝ドラ「マー姉ちゃん」や「ゲゲゲの女房」も、長谷川町子や水木しげるといった漫画家たちの作品世界を理想化したパラレルワールドみたいなところがあった。しかも、アンパンマンは「正義のヒーロー」だから、ドラマに善悪をめぐる正しいメッセージ性を期待しがちな最近の風潮にもうってつけなのだろう。

 とはいえ、今後の朝ドラが参考にできるかというと、そうでもない。国民的に愛される「正義のヒーロー」なんてそうそういないからだ。「あんぱん」でこれくらいの反響なら、朝ドラの前途は多難かもしれない。

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