
政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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米国のイランへの攻撃で世界に衝撃が走りました。「アメリカファースト」で、海外での紛争介入を極力避けるのではないかと思われていたトランプ政権が、ネオコン的なタカ派の軍事力行使に踏み切ったのです。トランプ大統領が、軍事介入に慎重な「アメリカファースト」の顔と武力行使を厭わないネオコン的なタカ派の顔という、ヤーヌス(双面神)のような二面性があることが明らかになりました。
今回の軍事介入を、かつての側近で罷免されたネオコンのボルトン氏が絶賛しているのですから、トランプ大統領がネオコン的な戦略に舵を切ったことは間違いなく、それはネタニヤフ政権の思うツボなはずです。現在のイスラエルがネオコンの「前衛」であることを、今回の事態ははしなくも明らかにしたことになります。そこにはネオコンのリチャード・パール元国防次官補らを中心にネタニヤフ第1次政権に提出された政策文書、「クリーン・ブレイク」(1996年)のアイデアが生かされているのではないでしょうか。
それはイスラエルを中東で欧米的な価値を共有する自由と民主主義の唯一の国家とみなし、外交的妥協ではなく力によるイランの体制弱体化やシリアへの継続攻撃、湾岸諸国との戦略的な接近を推奨しています。イスラエルのイラン攻撃はその延長上にあり、それにトランプの米国が乗った形です。イスラエルを取り巻く中東の地政学的な構図を根本から変える、つまりイランのレジームチェンジ(体制転覆)だけでなくイスラエルに敵対する国家や勢力の殲滅が究極の目標のようです。
さらに見逃してならないのは、イランは実質的に中国の石油輸入のかなりの部分を担っているということです。それが途絶えればピンチに陥るのは中国で、イランへの米国の攻撃にレアアース(希土類)をカードに米国に対抗する中国へのカウンターという狙いもありそうです。
なお、トランプがSNSでイスラエルとイランの「停戦合意」に言及し、情報が錯綜していますが事実ならイランの内部で今後、政変が起きる可能性があり、それがトランプの豪語した「レジームチェンジ」に繋がることになるかもしれません。
※AERA 2025年7月7日号
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