1500円のタクシー代が唯一の贅沢
当時、Aさんに何度か話を聞くことができた。
「私は大学が農学部で、計算が早かった。それを父に見込まれて、大学卒業後、不動産会社で事務を仕切るようになった。父はお金儲けが趣味のような人。贅沢といっても外車を買う程度。私たちきょうだいは、父から不動産会社の役員とかに就任させられたが、もらっていたのは小遣い銭くらい。だから家にぎっしりお金が残っていた。使い方を知らんねん」
Aさんの唯一の贅沢は、自宅からミナミの繁華街の事務所に来るときのタクシー代で、
「片道1500円ほどを毎日使う。それが一番高いお金の使い道」
と言っていた。
Aさんには11年に実刑判決が言い渡され、上級審でも変わらなかった。
「脱税事件でテナントがすっかり減ってしまった。ビルも管理が行き届かず、荒れ放題。うちの一族はもめごともいろいろあって、不動産を相続してきちんと会社をやっていけるものがいない。私たちも年を取り、これからが心配や」
Aさんはそう不安げに言っていた。
ミナミの不動産業者に聞くと、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、Aさん一族が所有するビルのテナントは減るばかりだったという。所有する物件に目が行き届かない状況が続き、「地面師」の餌食になってしまったのだろうか。
ニュースで「地面師」だと知った
今回、改めてAさんの携帯電話を鳴らしてみたが、すでに使われていなかった。自宅を訪ねても住んでいる気配がなく、近所の人もAさんを長く見ていないと話した。
AさんとBさんの親族はこう話した。
「Aさん姉妹は高齢で病院通いと聞いています。そのせいか、たくさんあるミナミの不動産も手つかずで、荒れ放題。時々、売ってほしいという業者が来ますが、相手にしていません。それが昨年春、誰かがビルのカギをこじ開けようとしていると連絡があったそうです。ビルを購入したと言っていたそうですが、売ったことはないので弁護士さんらに相談したところ、それが事件になったと聞きました。ニュースで『地面師』の仕業と知り、驚くばかりです。一族で長く所有していた不動産が、こういう格好でニュースになるのは悲しい」
(編集部・今西憲之)
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