事件の舞台に使われたビルは廃墟のようだった
事件の舞台に使われたビルは廃墟のようだった

史上最高額の相続税脱税事件

 実は、X社の社長Aさんは、かつて別の大きな事件に関与したことがある。

 2008年3月、朝日新聞にこんなタイトルの記事が載った。

〈59億円、遺産隠しの疑い 相続脱税最高額 大阪市の姉妹逮捕〉

 大阪市の不動産会社X社など8社を経営していた男性が04年に死亡、男性の娘であるAさんと妹のBさんが遺産59億円あまりを相続したが、約29億円の相続税を納めず脱税した容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。史上最高額の相続税の脱税として、大きなニュースになった。

 当時、記者もこの事件を取材した。Aさんの父親は不動産業や金融業を営んで会社を大きくした人物だった。当時、地元の不動産業者らに取材したメモを見ると、強引な手法で財を築いてきた様子がわかる。

「家賃を1カ月でも滞納したら、合鍵で部屋に入り、ガスコンロや電子レンジを家賃代わりに持っていった」
「家賃の集金に朝3時、4時からドアを叩いて請求していた」
「銀行へ行けばカネがあると入居者がいうと、ATMまでついていき家賃を回収した」

 大阪地検特捜部はAさん一族の関連会社や不動産、自宅などを徹底的に捜索している。捜査が入った時、Aさん姉妹は自宅車庫の段ボールなどに無造作に現金を詰め込むなどしてため込んでいた。当時取材した捜査関係者はこんな話をしていた。

「テーブルの引き出しに、聖徳太子の1万円札がくしゃくしゃで何十枚も無造作に突っ込まれていた」
「現金を保管していた段ボールが虫に食われてお札も腐敗。機械では読み取れず、カネの計算に苦労した」
「下駄箱、花瓶、病院でもらった薬の紙袋など、驚くようなところからカネが出てきた。どこにいくらあるかわからないと、AやBは言っていた」

 妹のBさんは「関与は従属的」と不起訴(起訴猶予)となり、Aさんだけが起訴された。2010年に始まったAさんの公判では、脱税の手口などが明らかになった。

 Aさん一族が多額の現金を脱税できた理由の一つは、在日韓国系の金融機関が「仮名口座」を認めていたことだった。冒頭陳述では、仮名の947口座に、合計約74億円あまりの預金残高があったことが明かされた。

 Aさんは、いつもペットボトルにお茶を入れ、ハローキティのハンカチでくるんで、裁判所にやってきた。莫大な金額を脱税したとは思えない、質素な様子だった。公判では、自宅に隠されていた現金については認めたが、すべてが父親からの相続財産ではないと争った。

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