
6月25日に77歳の誕生日を迎えた沢田研二さん。現在は2025年のコンサートツアーの真っただ中で、喜寿になっても色っぽい高音を響かせ全国を駆け巡っています。そんな沢田さんの誕生日をお祝いし、AERA編集部では「沢田研二の曲」についてのアンケートを実施。数多ある楽曲の中から、1980~85年のシングル曲に絞ってファンのみなさんの声を聞いてみると――。1位に輝くのは1980年1月1日リリースの「TOKIO」なのか、それとも?
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ここ最近、よく見かける昭和の歌謡曲を振り返るテレビ番組では必ずと言っていいほど沢田さんが取り上げられます。ただ番組で取り上げられるのは、「危険なふたり」や「勝手にしやがれ」といった70年代の楽曲ばかり。もちろん、その時代のジュリーもカッコいいですが、語られるべきはそこだけじゃない! ということで今回は、あえて、1980~85年のシングルに絞ってアンケートを実施しました。ここでは、10~6位を発表します。
AERA編集部では、沢田さん、ザ・タイガースの楽曲で、①1980~85年のシングルの中から、あなたが「最も好きな曲」をひとつだけ選ぶとすると、どの曲?②リアルタイムで沢田さんを知らない世代にお勧めしたい「沢田研二らしい一曲」は何?という設問で、6月17日~22日にインターネット上で読者アンケートを実施。977人から回答がありました。
この記事では、1980~85年のシングルの中から「あなたが最も好きな曲」についての集計結果をまとめ、10位から6位のランキングを発表します。
(以下に、アンケートに寄せられたコメントを紹介しています。読みやすいように一部で内容を修正したり、改行を加えたりしています)
10位 晴れのちBLUEBOY
80~85年の沢田研二の楽曲の中でも一番と言っていいほど“攻めた”一曲の「晴れのちBULUE BOY」でランキングは幕開け! ファンからは「晴れのちBULUE BOY」が深夜のラジオから流れととき、“ヤバイ”と衝撃を受けたという声が上がった。
「パンクやニューウェーブに目覚めて以降、日本の歌謡曲を完全に下に見ていたが、当時、深夜ラジオでこの曲を初めて聴いた時に時間帯も相まってヤバイものを聴いたという得も言われぬ高揚感を覚えた。歌っているのが歌謡曲の権化たる沢田研二と知って失礼ながら見直した次第」(50代・男性)
「晴れのちBULUE BOY」の魅力にハマったファンは、まさに沼から抜け出せなくなったように虜に。
「なんのこっちゃな曲でしたけど、中毒性が凄い」(50代・女性)