※写真はイメージです(写真/Getty Images)
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 2023年に人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された噺家・五街道雲助師匠。だが、「ますます芸を磨き、それを後進の者たちに伝える、そういう立場になりましたよ」と落語に対する姿勢は謙虚かつ誠実である。『雲助おぼえ帳――滑稽噺から芝居噺まで厳選55席を語る』は、そんな雲助師匠の落語への熱い思いが綴れている。落語マニアも、落語初心者も、その熱量で落語に魅了されることだろう。 

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想定外のあれこれ 

 令和5年の秋に重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝です)に認定されたことで、びっくりするやら感心するやら、いろいろ想定外のことが起きました。

 例えば、浅草の六区を歩いていたら見知らぬおじさんが寄ってきて「師匠、おめでとう。本所(生まれ)なんだって? 俺も本所なんだよ。大したもんだよな。葛飾北斎だろ。勝海舟だろ。そこに五街道雲助だ。ありがとう!」と言うんですよ。この時のことは、ありがたくも落語のまくらに使わせてもらっています。

 人間国宝の認定書交付式がその年の11月にあって、文化庁のある京都まで行ったら、係りの人に「五街道先生」なんて呼ばれちゃった。我々落語家は亭号(あたしだと「五街道」)で呼ばれることはめったになく、下の名前を、真打だと「師匠」付きで呼ばれることが多いのです。あたしの場合だと「雲助師匠」となるわけで、それだけに、「五街道先生」てェ呼び方はなかなか新鮮でした。

 地方で行う独演会のチラシに「人間国宝、来たる」と書かれるようになったのはまあ仕方ないとして、弟子たち(桃月庵白酒、隅田川馬石、蜃気楼龍玉)の会のチラシにまで「人間国宝の弟子、来たる」なんてのは、どうかなと思います。ネットを見ると、「国宝の落語を聴いてきた」「今日は国宝お休みか」等々、最近は「雲助」抜きで「国宝」が代名詞になっている。これは正直、気が重いです。

 人間国宝というのは「ますます芸を磨き、それを後進の者たちに伝える、そういう立場になりましたよ」ということだと思っているので、若い人たちが「稽古してください」と言ってきたら、受けないわけにはいかなくなりました。もっとも、以前から後輩たちに頼まれれば、よほどのことがない限り断らないようにしてたんですが、最近はあたしが浅草演芸ホールに出演すると、毎日のように誰かが稽古を頼みに来る。これは想定外でしたね。これまでみたいに「あんちゃんのセンスでやればいいんだよ」とは言えないんだから。

雲助おぼえ帳 滑稽噺から芝居噺まで厳選55席を語る
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