「自虐」や「はつらつ」の時期を経て、ありのままの自分で活動できるようになった/撮影・上田泰世(写真映像部)
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「AERA DIGITAL」に最近掲載された記事のなかで、特に読まれたものを「見逃し配信」としてお届けします(この記事は5月14日に「AERA DIGITAL」に掲載されたものの再配信です。年齢や肩書などは当時のもの)。

【写真】「わはは」って笑えるようになった!有村藍里さんフォトギャラリー(全7枚)

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 6年前、テレビのドキュメンタリー番組で整形を公表したタレントの有村藍里さん。一番大きなコンプレックスがなくなったことで、これまで塗ったことのない口紅を選んだり、スノボに挑戦したりという変化も。整形をしたことも芸名から本名での活動に切り替えたことも、どの選択もすべて前に進むために自分で決断してきたという有村さんの信念とは。(全2回の2回目/前編から続く)

――高校生になってから口元をコンプレックスに思いはじめ、2018年に整形を決意します。その様子はドキュメンタリー番組でも密着されて、反響を呼びました。ちょうどSNSで整形を明かす人が増え始めていて、「整形は隠すもの」という風潮が少しずつ薄れつつある時期でした。ただ、やっぱり芸能活動をしている方が公表するというのは過去にあまりないことだったと思います。

 最初はどういう反応があるのか緊張していました。整形に前向きではない方もたくさんいらっしゃると思いますから、そういったコメントもたくさんあるのだろうなと予想はしていました。

「整形をしました」と世間に発表したくて密着を受けたわけではないんです。整形した自分も認めてあげたかったから、隠すことなく公表したいと思いました。コンプレックスに悩んで苦しんでもがいてきた自分も、整形した後の自分も芯は同じ一つの自分だから。そんな自分を「頑張ったね」って認めてあげたくて、全部言っちゃおうと思ったんです。

初対面の編集部スタッフにも「人見知り」を発動していた。だが、撮影がはじまると自然な笑顔が弾けた/撮影・上田泰世(写真映像部)

――いつ頃から整形を考えていたんですか。

 20代前半のころから、「骨を切る」という整形があることは知っていました。体験を語ったブログなどもよく見ていて、頭の片隅にはずっとあったんです。でも、まさか自分がそれをすることになるとは考えてもいませんでした。

 テレビに出させていただくなかで、どうしても自分の口もとにコンプレックスがあるから、そこを隠しながらしゃべってしまうことがよくありました。「この手を外せればいいのにな」「自信を持って笑えるってどんな気分なんだろう」っていう思いが自分のなかにずっとあって。もしそうなれたら、もっと前向きになれるんじゃないかと思っていました。

 そのためにいろんなことを試していたんです。

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