やすだ・なつき/1987年、神奈川県生まれ。フォトジャーナリスト、NPO法人Dialogue for People副代表。世界各地の難民や貧困問題を取材し、東日本大震災後は被災地の記録にも力を入れる(撮影:写真映像部・山本二葉)
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 学生時代のボランティア先で性被害に遭ったことを実名公表したフォトジャーナリストの安田菜津紀さん。長く苦しんできたトラウマや自身の被害を認識できなかった背景や実名公表の経緯について語りました。AERA 2025年6月2日号より。

【写真】シリア取材中の安田さん。「現地で広河氏と鉢合わせしないか、すごく怖かった」

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 フォトジャーナリストの安田菜津紀さん(38)は今年2月、自身が“性暴力サバイバー”であると公表した。約20年前、報道写真誌「DAYS JAPAN」編集部で学生ボランティアをしていた際、当時編集長だった広河隆一氏による性被害に遭ったという。トラウマに苦しみながらも、実名で社会に投げかけたメッセージとは。

 昔から、被害を受けている間の気持ち悪い感触や、相手からの嫌な言葉がわーっと蘇ってきて、眠れなくなることはありました。そのたびに「拒めなかった自分が悪い」と心にふたをしてきました。

──性被害と向き合う決意をしたきっかけはなんですか。

 2018年、広河氏の性暴力についての取材依頼があり、加害者を野放しにしたくない思いで応じました。でも、自分を被害者と言っていいのか自信が持てず、取材には性被害の問題にも詳しい女性研究者に同席してもらったんです。

 取材後、彼女は私の手を握りながら、「これは悪質極まりない性暴力です」と言いました。ライターさんにも「かなり深刻なケース」と言われ、ようやく呪縛が解けました。その年の暮れ、私や他の女性たちが匿名で告発した記事が掲載されました。

──なぜ長い間、被害を認識できなかったのでしょうか。

 広河氏が人権派ジャーナリストとして、写真界において絶大な力と信頼を得ていたことは一つの要因です。社会正義を追求する人が性加害なんてするはずがない、と思い込んでいました。

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