「高畑の宝の持ち腐れにならないよう、ある程度経験を積んで素質があって、さらに伸ばしたい人を付けたいと思っていました。その点牟田さんは初心者が陥りがちな添削的な校正はしなかったし、書き手を尊重する姿勢が感じられました。“謙虚の塊”みたいな人なんです。謙虚さって校閲者にとっては非常に重要な資質です」

 高畑班4名が担当したのは約70ページある講談社のPR誌「本」。初校ゲラを2人で、修正を反映して刷り直した再校を別の2人が読んだ。見る人を変えて見落としを少なくするのだ。牟田が鉛筆を入れ、高畑がそれを確認する。不要な鉛筆は消され、見落とした文に鉛筆が入った。その答え合わせのゲラが牟田にとって最高の教材だった。

「高畑さんのゲラは美しいんです。“出過ぎた鉛筆”がないからです。つまり、文法的に正しいからとむやみに鉛筆を入れたり、わかりやすいからと文を入れ替えたりする提案は最小限にとどめる。あくまで著者の生の思いを尊重して、文章の味わいや個性を大切にする。LEDの電球で照らすようにわかりやすい表現ばかりが良いわけではなく、少し暗がりを残して趣(おもむき)を出すことも、文章や媒体によっては必要になる。そうしたさじ加減が大切なのだということも教わりました」

「本」にはその道の第一人者が最新の知見を書くことが多いため、文献では確認が取りづらい。それでも文章の矛盾や単純なミスがないかを子細に見ていった。ある時、ベテラン文学者が『論語』の一節を間違って引用していることを文献を参照して見つけ、著者も誤りを認めることがあった。「専門家が間違うわけがないという思い込みを排除する」ことを身をもって知った。高畑は言う。

「社内の資料センターの参考図書で間に合わなければ、司書としてのレファレンス経験を生かして、複数の図書館から取り寄せ、引用の照合や事実確認などを緻密に取り組んでくれていました」

(文中敬称略)

(文・西所正道)

※記事の続きはAERA 2023年4月24日号でご覧いただけます

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