やっとちゃんとしたところに来られた
「彼氏がすごくまともな人なんです。うちの父と母みたいじゃない人が私の前に現れて、普通に遊んで、普通に暮らすっていう日々を送っていると、心や体にしみついた穢れが落ちるんですよ。やっとちゃんとしたところに来られた喜びがある。私は今幸せ。だから、もう過去のことはどうでもいいんです」
杏さんは明るく言った。それは嘘偽りない気持ちなのだろう。だが、言葉は続いた。
「ってなると、今度は贅沢な悩みが出てくるんですよね……」
どうやら人生は、そう簡単ではないようだ。
彼は戦隊モノのレッド
「彼は、コミュニティーの中でトップに立つタイプで、戦隊モノで言うところのレッドみたいな人。私は、レッドに救われたんですよ。でも、私はピンクになるのは嫌。ことあるごとに思うんですね、紅一点になりたくないって」
バイト先には男性が多く、みな仲が良かった。休みになると、同棲中の家に集まって一緒に遊ぶため、杏さんは必然的に女性一人になるという。
「例えば4人いると、みんなには意見を聞くけど、私だけ聞かれないとか。そういうことがナチュラルに起きるんです」
全員が友だちなのに、女性というだけで、杏さんは「〇〇の彼女」であり、オマケになってしまうのだ。
「女性ポジション」に違和感
「家で鍋をすると、私が洗う係とか、野菜を切る係に自然となる。たまにあらがって、みんなと一緒に座ってると、『誰が野菜切る?』って雰囲気になって『杏でしょ』ってなる。私だけが対等になれない。でも、彼らに悪気はないんですよ。私は全然色気とか出さないタイプだけど、女性というだけでそういう扱いをするものなんだって、男性たちの意識にセットされてるんじゃないかな」
女性ポジションに置かれる違和感は、バイト中にも抱くという。
「派遣でたまに来る女性スタッフに、大袈裟なリアクションをしたり、声を高くして男性に媚びたりするタイプがいるんです。彼女を中心に、みんなで盛り上がっている場面を見ると、私はそうはなりたくないと思っちゃうんですよね。性別によって対応を変えることが、賢くて偉いと言われてるけれど、私は自分らしさを損ねずに人とコミュニケーションが取れるように試行錯誤中です」