退職の意思を伝えたのに、やめさせてもらえない「慰留ハラスメント」が深刻化している(photo 朝日新聞出版写真映像部)
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 退職の意思を示した従業員に対して会社側が必要以上の引き留め行為に出る「慰留ハラスメント」。人手不足を背景に深刻化しているという。

【写真】土下座しても辞められず、退職願がシュレッダーに… 「慰留ハラスメント」の異様な実態

「やっぱり女は根性がないと言われる」

 社内のカフェスペースの一番奥のテーブル。さしで向かい合った直属の女性上司が険しい表情でこう切り出した。

「こういう辞め方をされると、やっぱり女は根性がないと言われる。働く女性のためにならない」

 これは、入社1年後に退職願を提出した都内の40代女性が経験したシーンだ。約20年前の出来事を女性は「不快な記憶」として鮮明に焼き付けている。「上司は『在籍期間が短い』ことを責める気持ちがあったのだと思いますが、私の人生だし、女性全体のために自分のキャリアパスを曲げるなんて有り得ない、と思いました。この説得策は全く響きませんでした」

 ただ、その直後に上司が続けた言葉には動揺したという。「どうしても辞めるのなら代わりの人材を探して連れてくるように」

 女性は当時、語学力を生かした専門職に就いていた。頭の中で候補になりそうな何人かの友人・知人が浮かんでは消えた。いま冷静に振り返ると、上司の発言は「アウト」だと分かる。ただその時は「上司が言うように、自分が抜けると職場は回らなくなる。迷惑をかけたくない」という思いが先に立ち、理不尽な要求をはねのけることができなかった。女性はこう振り返る。

「『回らなくなる』は慰留の殺し文句ですよね。誰か一人が風邪で休むと回らなくなる職場の光景を思い出して、とっさに『確かにな』と思ってしまいました」

「回らなくなる」という言葉で退職を引き留めれるケースが多いという(photo 朝日新聞出版写真映像部)

転職先から「内定取り消し」の警告

 女性の退職の意思は固かったが、退職願は「預かり」となりダラダラと在籍するはめに。その間、個別面談の相手は直属のグループ長から課長、部長、本部長に代わり、断続的に続いた。

「もうちょっと今の職場で頑張ってみなよ」と諭されたり、「5年後、10年後はどうなりたいと思っているの」と職業観を問われたり。女性は転職先が決まっていたが、離職がずるずる延びたため内定企業から「このままだと採用内定を取り消す」と警告された。

 女性は「下手をすると、行き先がなくなって路頭に迷うことになる」と強い不安に襲われたが、職場では努めて平静を装った。転職先の採用が取り消されそうだと明かせば、「それならここに残れ」とつけ入る隙を与えてしまうと考えたからだ。

そうまでしてなぜ、退職を認めない会社の横暴に耐え続けたのか。女性はこう吐露した。

「『立つ鳥、跡を濁さず』という思いに縛られていたのだと思います」

「健全な形で辞めたい」という気持ちが強かったため、会社に対して強い姿勢には出なかったという。結局、女性の退職願が受理されたのは半年近く経ってから。転職先の内定が取り消されるぎりぎりのタイミングだったという。

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