
経営者の熱意伝わり、辞意撤回
冒頭の女性は現在の職場でも一度、退職願を出したことがあると明かした。「辞めたい」と告げると、経営者に呼び出され社内応接室の奥の席に通された。そして、「あなたが退職を撤回するまで、私はこの部屋から出ないつもりだ」と宣告されたうえで、「これから会社を大きくしていこうとしている。その時に君がいてもらわないと困る」と説得されたという。小さな会社のため、経営者とは普段から人間関係を築いていた。女性は経営者の熱意や本気度が伝わり、結局辞意を撤回したという。女性はこう振り返る。
「私を応接室に閉じ込めた場面だけを切り取ると間違いなく過度な慰留だったと思いますが、私はあれをハラスメントとはジャッジしていません」
前職で慰留された時とは何が明暗を分けたのか。女性は「ミスマッチ」を理由に挙げた。「会社側が社員を引き留めるために提示する『辞めさせたくない理由』と、社員が会社側に慰留される時に『提示してほしい言葉』にミスマッチがあれば、ハラスメントだと感じるのだと思います」

女性の場合、「辞められると困る」という会社側の思いは前職と現職のいずれの職場にも感じ取られたが、前職では「代わりの人を探して連れてきて」という言葉に象徴されるように、女性のことを「代替可能な存在」としか見ていない上司の思いが透けて見え、不快感を覚えた。これに対し、現在の職場ではトップの経営者自らが女性の仕事の中身に触れ、どれだけ高く評価しているか懇切丁寧に説明してくれた。
余裕のない上司や経営層
「本心かどうかは分かりませんが、悪い気はしませんでした。それだけでなく、この経営者のもとで会社に残って頑張れば、どうにかなるかなという安心感も得られました」
女性はいま中間管理職で、部下からいつ退職願を出されてもおかしくない立場にある。部下との距離感や人間関係を築くのも難しい時代。慰留する側もうかつな言動はできない、と女性は自身に言い聞かせるようにこう話した。
「一人ひとりの業務量が増え、人手不足が深刻化するなか、慰留する上司や経営層の人たちも気持ちに余裕がなくなっていると感じます。私も普段の業務でアップアップの状態で部下から突然退職の意思を告げられたとしても、対応を誤らないよう肝に銘じておきます」
(AERA編集部・渡辺 豪)