あの日は、バスを降りたら、雨が降っていた。傘を持っていなかったのが、まずかった。濡れながらあぜ道を急ぐと雨脚が強まり、やむを得ず、肥料用の糞尿を溜める場所に架けてあるトタン板の下で雨宿りした。糞尿の上をまたぐ姿勢を余儀なくされ、「何でこんなことをやっているのか、もう会社を辞めて東京へ戻ろう」と思う。
でも、ともかく約束は守ろうと、医師宅へ向かう。ズボンも靴も泥だらけで、玄関へ入ったら汚してしまうので、インターホンを鳴らして待つ。すると、玄関を開けた医師の妻が「何をしているの、入りなさい」と言って、濡れや汚れをふくタオルも渡してくれた。「ああ、こういう人のために、役に立ちたいな」との思いが、湧いてくる。
医師夫妻は、国債を買ってくれた。妻は、帰る際に傘も貸してくれた。初めて会う証券マンにも、分け隔てしない。それが正しいことだ、と思っているのだろう。胸に響くものがあり、「会社を辞めよう」との気持ちは消え、『源流』が生まれた。
もう一度、「会社を辞めようか」と思ったのも、坂出市だ。
「うわっ、昔のままだ」──再訪で王越のバス停前で車を降りると、声が出た。道路から少し上がったところに、あのとき訪ねた診療所が残っている。道路を右へ下っていくと、当時は火の見やぐらがあった。
診療所へ初訪問したのは、警察署から近かった医師宅より後だ。蚊に刺されたことを覚えているから、7月になっていた、と思う。午後4時過ぎに着き、帰りのバスの時間を確かめると5時過ぎで、次は2時間後。5時までには戻らなければいけないと思って、診療所へいった。
患者が多かったので医師との面会を待ち帰りのバスを逃す
すると、患者が多くて、医師と話すまでかなり待つ。ようやく話ができて何か証券を買ってもらうと、もう時間ぎりぎり。バス停まで全力疾走したが、途中で、バスがいってしまうのがみえた。落胆してバス停へいくと、火の見やぐらの下にベンチがある。目の前に小さなよろず屋があり、牛乳とあんパンを買って腹に入れた。
暗くなってきて、火の見やぐらの赤い灯をみていると、いろいろなことを考えてしまう。まだ22歳、「こんなことが一生続くのか」と思い、二度目の「こんなところで何をやっているのか、もう会社を辞めて東京へ帰ろう」との気持ちも湧いた。
でも、診療所の医師も、タオルや傘を貸してくれた医師の妻と同じく、新人証券マンに優しかった。そのありがたさが『源流』からの流れを強め、「辞める」という文字を消す。