なぜ逃げようとしないのか
妻から暴力を受け続け、ついにはマンション上層階のベランダから突き落とされそうになった男性。寝ていたら妻に「起きろ!」と怒鳴られ、包丁を顔の横に突き立てられた男性……。にわかには信じがたいが、それが男性のDV被害の現実だという。
それほどまでに悲惨な状況にもかかわらず、男性たちはなぜ逃げようとしないのか。
腕力も妻より強く、どちらかと言えば経済力のある被害者が目立つ。一人になっても十分に暮らしていけるのに、なぜ、その状況に耐え続けてしまうのか。
社長が、今も強く記憶する夜逃げの現場がある。
妻から凄惨なDVを受け続けた70代の男性。熱いお茶を顔にかけられ、やけどしたこともあった。依頼者は、男性の娘。父を救おうと説得し、夜逃げ屋に依頼した。
男性の荷物を搬出していると、妻は社長に「お前は愛人か!」などとわめき散らし、つかみかかってきた。奇声を発しながら、あらゆる罵詈雑言を浴びせ続けてくる。
「僕をどうか許してください」
この男性は、どれほど苦しんできたのか――。そう思慮しながら荷物を積み終えた社長たちに、男性は意外な言葉を発してきた。
「妻に最後のお別れを伝えさせてください」
妻が危害を加えないよう、スタッフを配置してその場を見守った。
「ふざけんなお前、私はこれからどうするんだ!」「他の女のところに行くんだろう!」
怒鳴り散らす妻に、男性はこう話しかけた。
「今までありがとう。本当にあなたのことが好きでした」
「僕のお金は全部あげるから、安心して。こんな決断しかできなかった僕を、どうか許してください」
暴力や抑圧に耐え続けた被害者のほうが罪悪感を抱き、加害者に詫びる。その誠意は加害者には通じることはなく、夫を罵倒し続ける。
「涙がこみ上げましたよね」と社長は振り返る。
限界突破した状況で耐え続ける
男性のDV被害者のほとんどは「限界突破した状況」で耐え続けるのだという。この男性も、冒頭の大手企業管理職の男性も、娘や職場の上司の説得があって、やっと重い腰を上げた形だ。
「男性の被害者と接していると、『男とはこうあるべき』という日本特有の男の子の育て方や、男性観のようなものが災いしていると強く感じます。だから、男性たちは自分から逃げることができないのだと思います」
相談に来た男性たちはどんな様子で、どんな言葉を口にしたのか。後編では、女性社長が見た、被害男性たちの「ありのまま」に触れる。
(國府田英之)