引っ越しのとき、男性の荷物を積んだ軽トラックの荷台は、スカスカだった。彼には、崩壊した家庭以外には、仕事しかなかったのだ。
男性はいま、一人で暮らしている。周囲の助けがあって、地獄で耐え続ける日々がやっと終わった。
4割が男性からの依頼
この男性のような、ギリギリまで追い詰められた被害者たちを「逃がす」人がいる。DVやストーカー被害者の引っ越しを専門に請け負う「夜逃げ屋TSC」の社長だ。
「20年以上、この『夜逃げ屋』の仕事をしていますが、男性のDV被害が少しずつ認知されてきたこともあってか、依頼の件数が増えています。昔はDV相談のうち1割もないくらいでしたが、今は約4割が男性からの依頼です」
そう話す社長自身、結婚していた当時は夫からDVを受け続け、何度も救急搬送された経験のある被害当事者だ。「毎日、ボコボコにされて、このままでは殺される」と逃げ出したが、暴力で鼻をつぶされたときの傷痕が今も薄く残る。
見て見ぬふりをしたくない
依頼は月に10~20件ほど。引っ越し先を用意したうえで、加害者が家にいない時間を入念に確認して荷物を運び出したり、加害者がいる場合は危害を加えないようにスタッフを配置し、時には警察とも協力しながら作業したりする。危険度の高い案件には、必ず社長自身が現場に出向くようにしているという。
被害当事者だったときに出会った警察官の勧めで夜逃げ屋を始めたころは、男性のDV被害者がいるとは想像もしていなかった。だが、仕事を続けるなかで、「被害者を助けたい。見て見ぬふりをしたくない」との思いは、男性たちにも向くことになる。
両親の死後、ひきこもりの姉は
社長によると、男性への加害者は、妻であることが多いが、親やきょうだいのこともある。
こんなケースもあった。親と、ひきこもりの姉と長く同居していた60代の男性。親は資産家で、家は一等地にある豪邸だったが、両親が他界した後から姉が一気におかしくなった。
男性が家で何かをしようとすると、突然にキレてつかみかかってくるようになったのだ。なだめても怒りは収まらず暴れ続ける。掃除や片付けも許されず、あっという間に「ゴミ屋敷」になった。
「洗濯もさせてもらえなかったようで、汚れた衣類やら残飯やらで部屋があまりに荒れ果てていて、もはや住まいと呼べる状態ではありませんでした。私たちも許可を得て土足で家の中に入ったのですが、数匹のネズミが競走するかのように走り回っていて、凍り付きました」(社長)