日本人が悲観的な遺伝子を持っているわけではないことは明らかです。高度成長時代に物の豊かさを求め、それが達成された後、精神面の成熟度を追い求めるべき時期に、高度成長の残像を追いかけて、物質的豊かさを幸せの基準にしてきたひずみが、今出てきているのかもしれません。
私自身は、一医師として日々、修琴堂大塚医院で漢方の診療をする身です。漢方というと慢性的なからだの不調に効くというイメージが強いと思いますが、新型コロナ感染症のような急性疾患にも効果がありますし、メンタル不調にもよく効きます。三世紀に書かれた漢方医学のバイブルである『金匱要略(きんきようりゃく)』にも、メンタル不調の治療法が書かれています。人間生きていれば必ずからだの不調とともにメンタル不調を経験するものです。そんなとき、漢方も役に立つ、ということはあまり知られていませんが、実際には多くの患者さんが訪れ、漢方治療に感謝していただいています。
漢方の言葉の一つに「心身一如(しんしんいちにょ)」があります。仏教では「身心一如」といったりもしますが、こころとからだは一つ、という意味です。西洋医学では、こころとからだの二元論はデカルトに始まったとされています。デカルトも晩年考えを少し変えたようですが、東洋思想にはこころとからだは一つとする考え方が脈々と受け継がれています。
メンタル不調がからだの症状を呈する例としてストレス性胃炎が挙げられます。これはストレスがたまって実際に胃炎になってしまう例です。実はその逆もあって、過敏性腸症候群(IBS)で電車に乗るのが不安になってパニック障害になる、などこころとからだは相互に影響し合っています。
漢方医学では、今目の前に表れている症状には必ず原因があると考えます。推理小説のように、遡って原因を読み解いて、どこにアプローチするかを決定します。こうした漢方医学の特長があるので、初診の問診が長くなってしまいますが、最初に原因を紐解いていく過程で医師と患者さんが同じ方向を見て治療を進めることができます。原因を突き止められるとそれだけで不安が取り除かれるので、半分治ったようなものです。