
30年超にわたり漢方診療をおこなう元慶應義塾大学教授・修琴堂大塚医院院長の渡辺賢治医師は「最近特にメンタル不調の患者さんを診る機会が増えてきました」と話します。漢方というと慢性的なからだの不調に効くというイメージが強いですが、メンタル不調にもよく効くといいます。三世紀に書かれた漢方医学のバイブルである『金匱要略(きんきようりゃく)』にも、メンタル不調の治療法が書かれているそうです。
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渡辺医師は著書『メンタル漢方 体にやさしい心の治し方』(朝日新聞出版)を発刊しました。同書の「はじめに」から、前編後編に分けてお届けします。
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漢方の診療を日々おこなっていますが、最近特にメンタル不調の患者さんを診る機会が増えてきました。直近のことでいうと、新型コロナウイルス感染症の影響が大きいかもしれません。コロナ禍の3年間ほとんどマスクの生活で、部活動も制限されて、青春の貴重な一時期を友人もできずに過ごした子どもたちもたくさんいました。
われわれ大人たちも、さまざまな行動制限の中で、人との交流が制限され、仲間と楽しく過ごす飲み会もなくなり、在宅で時間の管理も難しい状態で仕事をこなす日々を送ったり、または、事業が落ち込んで、追い詰められていった人たちなど、コロナの影響は非常に大きかったと思います。
もう少し長い目で見ると、物質的に豊かになり、技術の進歩で、生活の利便性も増しているにもかかわらず幸福度はむしろ下がっているように思います。こうしたことを振り返ると、こころの豊かさというのは、物質の豊かさや利便性とは無関係のように見えます。
渡辺京二著『逝きし世の面影』は、江戸末期から明治初期の日本人の生き方を当時日本を訪れた外国人の視点から書いています。それを読んで驚いたのは、日本人が非常に楽天的で毎日を楽しむ術を心得ていたことです。江戸では火事が日常茶飯事でしたから、火事で自分の家が焼けてもへっちゃら。まだ燃え残りがあるのに家を建て始めてまた燃えてしまったなど、本当に現代の日本人と同じ遺伝子を持っていたのかと思うくらい違う人たちに見えます。物の豊かさを求めることもなく、京都の龍安寺のつくばいにある「吾(われ)唯(ただ)足(た)ることを知る」の精神でしょうか。