「日本の繁栄の基礎」の破壊
安倍元首相の例に倣い、石破氏もトランプ氏には一つたりとも苦言を伝えなかった。首脳会談に限らず、例えば、欧州の首脳が米国のガザ所有などの点について厳しく非難しているのとは対照的に、日本政府は、トランプ氏就任以降、氏の政権に批判的なメッセージは出していない。
しかし、この1カ月、トランプ政権が国際社会の在り方を根本から変えるほどの問題を振りまき続けてきた現実がある。トランプ政権は軍事力と経済力にモノを言わせて各国を米国に従わせようとしており、まさに強者の統治に出ている。この態度は、人権・民主主義・法の支配などのいわゆる「普遍的価値」や国際機関や国際規範の尊重などを標榜する戦後80年続いてきた「自由で開かれた国際秩序(Liberal International Order)」を根本から破壊するものである。
日本は戦後、安全保障の観点からも経済の観点からも、現在までの「自由で開かれた国際秩序」から巨大な利益を得て先進国の一員として発展してきた。「自由で開かれた国際秩序」は、まさに日本の繁栄の基盤であり、この破壊は日本がその発展と繁栄の礎を失うことを意味する。軍事力によるガザ掌握が肯定されるのであれば、なぜ中国の軍事力による台湾侵攻は許されないのか、ということになる。
即ち、今、トランプ政権が壊しているのは「日本繁栄の基礎」なのである。そのトランプ氏に対し、日本はただ「4年間、なんとか嵐を避けられれば」と何もせず過ごすのか。

世界では既に、トランプ氏に続いてアルゼンチンがWHOを脱退し、パリ協定の脱退も検討している。米国の方針転換は、他国にも多大な影響を及ぼす。トランプ氏の個々の政策の余波が、それぞれ津波のように世界を襲っていくだろう。
先日、トランプ政権についての講演をしたところ、質疑応答で、参加者から、「日々、超大国アメリカが自らガラガラと崩れ落ちていくのを見ている気がする」との発言があった。
そうなのである。日本だけではない。国連を創設し世界中の国を加盟させ、国際条約を張り巡らせ、自由貿易体制を推進し、米国主導で現在の国際社会はつくられてきた。そしてその国際社会の中で、現在の米国の地位が築かれ、米国の繁栄は維持されてきたのである。
世界の各地域をそれぞれみれば、米国の経済力よりも中国の経済力からより多くの恩恵を受けている国は数多い。強力な中国の軍事力の影響にさらされている国もある。それでもなお世界が米国のリーダーシップを中国のリーダーシップよりも肯定的に見る傾向にあるのは、米国が耕してきた「自由で開かれた国際秩序」における、人権や民主主義、法の支配といった「普遍的価値」に正当性を見出している人々が、世界を見ればいまだ多数派であるからである。
トランプ政権は、USAID(国際開発局)閉鎖を決定した。既に、開発途上国においては米国の援助による医薬品に頼って生活をしていた多くの人々が生命の危機に陥っている。この「USAID閉鎖」のニュースを見た瞬間、私は「世界地図が塗り替わる!」というほどの衝撃を受けた。
例えば、トランプ政権は南アフリカへの全援助を打ち切っており、これは、南アにおける人種間格差に対応するための土地改革法、そして南アがガザ攻撃についてイスラエルをICJに提訴したことを理由としているが、米国が南アへの援助を停止したその直後、中国が南アに支援を約束している。