東京・目黒にある「かづ家」のワンタンメン(1350円)。具はワンタン6個、チャーシュー4枚、ネギ、ノリ、メンマ(筆者撮影)
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 日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、その店主が愛する一杯を紹介する本連載。今回は東京・大森にある『ミシュランガイド東京』にも掲載される名店「Homemade Ramen 麦苗」の店主・深谷明大さんの愛する名店「支那ソバ かづ屋」をご紹介する。

 JR目黒駅西口から徒歩12分。山手通り沿い大鳥神社のすぐ近くに一軒の有名ラーメン店がある。「支那ソバ かづ屋」である。1989年創業の老舗で、都内でワンタンメンの名店と聞かれれば必ず名前の挙がる店である。

 店主の數家豊さんは広島県尾道市生まれ。家の近くにあるお好み焼き屋さんの片隅で売られていた「中華そば」をよく食べていた。1960年代には札幌味噌ラーメンのチェーン店「どさんこ」がオープンし、味噌ラーメンを初めて食べた。尾道といえば「尾道ラーメン」が全国的に有名だが、數家さんが幼少の頃はまだ「尾道ラーメン」という呼び名はなかったという。

 數家さんは母子家庭に育ち、豊かな暮らしではなかった。大学には行けないだろうと思い、地元の工業高校に進学。卒業後、ビルの空調の施工会社に入社した。大きな会社で安定していたが、このままこの仕事を続けるのだろうかと疑問に思った數家さんは1年で退社し、上京する。

「かづ家」店主の數家豊さん(筆者撮影)

 働きながら夜間の大学に通い、卒業後は出版社に入社する。數家さんは記者になってルポルタージュを書くことが夢だったという。その夢が叶うかと思ったが、実際の世界は思っていたものとはかけ離れていて、ここでまた将来に悩んだ。

 悩みながら働いていた28歳の頃、妹の病気が判明。将来的には母と妹を支えないといけないと思った數家さんは、子供の頃からよく料理をしていたこともあり、飲食で生計を立てていくことを考える。人づてのご縁で東京・浜田山にある「たんたん亭」を紹介してもらい、独立を前提に修業に入ることになる。1984年のことだった。

「将来的に家族を支えたいという思いが大きかったので、はじめから独立を考えていました。5年間修業して独立させてくださいとお願いすると快諾してくれました」(數家さん)

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