人はどこから来て、どこへ行くのか。韓国の女性作家によるこの短編集には、どこに辿り着くかも知れず黙々と生きていく人たちが描かれる。
 表題作は遠洋漁業船の船員だった父を持つ女性の話だ。海外旅行に行く友達に「私」は旅先で出会ったエレナという名の人の写真を送ってくれるよう頼む。「あの港の〈エレナ〉たちはな、みんな俺の子どもだ」というのが亡き父の口癖だったからだ。「種だけは撒いてきたから、何とか自分たちの力で生きていくだろう」と父は言っていた。「私」がエレナたちに引かれるのは、「私」が自分の力で何とか生きていかなければならないもう一人のエレナだからであるだろう。
「キャンセル不可」な人生を静かに耐え抜こうとする人たちに「すばらしい」と声をかけてくれるような温かい小説だ。

週刊朝日 2016年10月21日号