
「○○格差」という言葉が巷に溢れている。もはや、その言葉の意味を深く考える機会がないまま、わかっている体で使ってしまっていないだろうか。「格差」の「差」は「格」の違いなのだろうか?
「誰もが“しあわせ”になるために」と、謳い続ける言説に待ったをかけるのは、組織開発専門家の勅使川原真衣さんだ。勅使川原さんは著書『格差の"格"ってなんですか?――無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版)で、こうした20の言説を問い、軽やかに解毒していく。 ここでは、本書からその一部を抜粋・再編集して紹介する。
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格ーー の差? 「格」が気になる私たち
〇〇の品格、という本が売れたり、「(芸能人) 格付け~」というテレビ番組が人気だったり。所得格差、教育格差、体験格差、格差婚などということばに至るまで、「格」ということばは、なかなかに市民権を得たことばである。
私は教育格差研究を主流とするアカデミアに属していたバックグラウンドがあるため、その文脈での「格差」ということばには、馴染みのあるほうだと自認する。
しかし、だ。研究に馴染みはあれど、違和感もある。
間違いなく「差(分)」の話ではあるが、果たしてその「差」とは、「格」の違いなのか?
という点については、慎重であろうとしている。これについて、格差論の系譜をさらりとたどりつつ、思うところを著したい。