だが、何をしても、何を見ても、美しいと感じなかった。
どれだけ金粉を散りばめても、鮮やかな色をのせても、綺麗なのか分からない。佳織さんは、震災前に決めていた作品のイメージである、「優しく、やわらかく、丸く」という言葉を頭の中で唱え続け、なんとか直径30センチほどの蓋物(ふたもの)を完成させた。
なくなる命と、新たに誕生する命
5月に研修所を卒業したが、すぐに心と体が悲鳴をあげはじめた。
胃が痛んで食欲が落ち、体がだるくて起き上がれず、漆に触る気になれない。外に出るのも人に会うのもしんどく、金沢で間借りしている漆器工房の一室に引きこもる日が増えた。
「今やるべきことは、死んでしまった心のリハビリだ」
こう考えた佳織さんは、お盆を迎えるころ、会いたい人に会うための旅に出た。
能登で被災し、広島県の宮島に移住した友人夫婦をたずねると、生まれたばかりの赤ちゃんと一緒に出迎えてくれた。なくなる命があれば、新たに誕生する命もある。その循環を、心から「美しい」と感じた。
輪島に戻ると、震災3日前に翔太さんと最後に外食をしたとき、一緒に楽しんだ親友の家に泊まった。親友の両親も交えた4人の食卓では、家族団らんのぬくもりをかみしめた。一人で食べる味気ない食事とは大違いで、久しぶりに「おいしい」と思えた。
「震災で何もかもなくなったけど、最後に残ったのは、人とのつながりでした」