大きいシナジー効果
2カ国語を小さいころからやると母語と混乱すると言う専門家もいるが、混乱するどころか実際はシナジー効果の方がはるかに大きい。
豊田氏も「英語は、主体を明確にする言語です。英語発信を通し、自身の考えが明瞭になり、皆、日本語での発表も上達していきます。また、長年、英語教育に関わり、一つ明確なことは、英語発信を獲得するのは、読書をする子たち。第二言語のレベルが母語のそれを超えることはない。結局、英語力の基礎は国語力です」と断言。一方、現場で最も苦労する点は、羞恥心の壁を破ることだと言う。「日本の子は、“お口は閉じて、手はお膝”と言って育てられる。英語力以前に、まず、国際標準の発信力のスタートラインに立つこと。普段は物静かでもいいけれど、一旦、自身の考えを表明する際には、気持ちを切り替え、堂々と自己発信できる人間になろうと。グローバル時代を生き抜くのに不可欠なマインドセットです」
脳と言語の関係
東京大学大学院教授の言語脳科学者である酒井邦嘉氏は『言語の脳科学』(中公新書)で〈英語が得意な人でも、日本語と同じレベルまで話したり聞き取れるようになるのが難しいのは、母語を獲得した結果として、逆に第二言語が獲得しにくくなるためかもしれない。つまり、脳が日本語のパラメーターを最適とするようにうまく調整されていればいるほど、英語のような違うパラメーターを受けつけにくくなると考えられる〉と述べている。文法を重視しすぎると、文法に合わせて文を作るので、実際には使われていないかなり不自然な英文ができる。日本人の英語が理解されにくいのは、日本語から訳したような不自然な英語が多いからだ。文法についても酒井氏は『チョムスキーと言語脳科学』でこう述べている。
〈脳からすれば、どんな言語が幼少時の環境にあって、母語として獲得されることになるかは分からない。すると脳は自然言語である限りはどんな言語でも、そして複数の言葉でも受容できるようになっていなければならない。言い換えれば、人間の脳は初めから多言語を獲得できるようにデザインされているのだ。それはバイリンガルやトライリンガルの存在はもちろん、多言語地域での第二言語習得の容易さからも示される事実である〉
何十年も前から「グローバルな人材の育成」という言葉だけが独り歩きしているが、日本の学校で実際に行われていることは、その逆である。日本人が英語での発信力を身につけるには、Global kidsで行われていることがインターナショナル・スクールのような特別な学校ではなく、普通の学校でのノームになることが必須である。(ジャーナリスト・大野和基)
※AERA 2025年2月3日号