イチローは2年夏と3年春に甲子園に出た。でも、勝てなかった。2年夏は3番レフトで1回に中前ヒットを打ったけど、その後は3打数無安打。チームも天理(奈良)に1−6の完敗やった。3番ピッチャーで出場した3年春は、松商学園に2−3で敗れた。イチローは完投して被安打10。打っては5打数無安打に終わった。だから、イチローは甲子園に、いい思い出がないんじゃないかな。
最後の夏は、愛知大会の決勝で東邦に負けてしまった。イチローを後ろで投げさせて甲子園を決める作戦だったが、先発が打ち込まれてしまった。
イチローは泣かんかったね。1人だけユニホームを着られなかった3年生部員がいるスタンドに走り寄り、金網越しに「ゴメンな」と声をかけていた。
テレビ局のインタビューでは「ぼくは悲しくないですが、そのまま言っていいですか。それとも、ここは悲しみにうちひしがれているようなコメントの方がいいですか」と前置きしたと聞いた。
プロという目標があったからなんだろうね。イチローは高校野球が終わっても、何も変わらなかった。退寮して自宅通いになった翌日から、練習を再開した。目標に向かって自分を磨き続けていた。
イチローを育てたなんて、おこがましいね。おれは何も教えとらん。むしろ、あいつと一緒に野球をやったのが、おれの誇りだわな。(取材・構成/安藤嘉浩)
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